絶品鴨
『料理の旅人』に登場する料理店を巡ろうと、料理の旅人の旅人、ユニット humu を結成しました。humuの活動は〝食べに行く〟です。
しかし、第1回は『料理の旅人』に登場するお店ではありません。
旅の出発は『料理の旅人』の原点とも言うべき『調理場という戦場』、斉須政雄さんのコート・ドールです。高級フレンチゆえランチですけど。わくわく。
螺旋階段フェチにはうれしいお出迎えから始まって。
hu 初めにマンションがあまりにでかくてびっくりしました。 高級レストランがね、あんな何百人も住んでるようなところの下にあるのが。
mu 商店の通りとかに面したマンションで、1階にレストランがあるとかなら想像もついたのだけど、あんな閑静な住宅街の中にあるなんて、知ってて行ったのに、びっくりしましたよね。
hu 私いいフレンチって、すごくいいとこってほかに1回くらいしか行ったことないんだけど、なんていうんだろう、ああいうところへ行くと気が張って無理、もの食べた気がしないとかって発想っていうのは誰しもあるじゃないですか。やっぱちょっと緊張しちゃうなみたいな。でも、あそこってとにかく接客が、当たり前っちゃあ当たり前だなんだけど、お客さんをリラックスさせるというかすごい行き届いて。あと、お店にも人にも、これ見よがしなところがひとかけらもない。
mu そうそう、さりげないけどちゃんと見ていますよ、って感じで。「やってるぞ!」じゃなくてね。
hu うちは高い店でございますわとか、お金をかけてますわみたいな感じが全然なくて、すごい落ち着いてて。あとで近所の友だちとしゃべってたときにその人がすごく言ってたし、本読んでてもやっぱりそうなんだけど、結局ね接待費で湯水のようにお金を使う人が使う店じゃないんだよね、昔から一貫して。
mu それは、三田という場所柄が?それともお店のあり方が?
hu お店のあり方だね。やっと安定して人が来るようになったのがバブル超えてからなんですって。だから本当になんていうかフレンチで何万も何十万も使って接待するのが当たり前みたいなすごく上滑りなとこのお店じゃなくて、やっぱりちゃんと身銭を切って自分のお金で美味しいものを食べに来る人たちが来て成り立っているお店なんだなって感じはしたよね。
mu それと、フレンチっていうと「こってり」のイメージがあるけど割とあっさりでしたね。もちろん美味しいには美味しいくて、素材の味が出てる美味しさというか。なんでもクリーム味になるのではなくて。
hu 本にも出てきたんだけど、年齢とともに、フランス人にしたって、若いときはみんなギラギラしたものが食べたいけど、だんだんだんだん体にやさしいっていうか、ソースとかもこってりではなくなって、自然と素材の味をみたいなことになっていくって話で。料理人も当然その人の年齢とともに変化していって、お客さんも育っていく。だから若い人があそこへ行ったら物足りないとかもあるのかもしれないけど。
mu だから塩とか胡椒とか置いてあるのかな。テーブルに塩胡椒が置いてあるの、ちょっとびっくりしましたね。
hu びっくりした。それこそ食べログとかで塩が足りないとか言ってる人はいたけども。
mu そもそも「フレンチ」のイメージ自体が間違ったっていうか、偏ったものが私たちの頭の中にあって、それとは違ったってことかな。こってりしてて接待で使うみたいな、そういうイメージがあったけど、そこをちゃんと打破してて。
hu ただ一応、ヌーヴェル・キュイジーヌ系ではないというか、王道フレンチではあると思うんだけどね。系列的に言うと。そのへんもいろいろ行ってみないとわからなところもあるけれども。
mu 昔マンガで『美味しんぼ』に、フランス料理は生クリームとかソースの部分がキモだから、日本の普通の牛乳だといい味は再現できないのさ!みたい話があったんだけど、でも、その手のこてこてしたものはなかったですよね。
hu クリームが入ってたのは最初の赤ピーマンのムースだけだと思うけど、あれはたぶんクリームはけっこう入ってると思うんですけど、ソースがすごくあっさりしていて酸味もあるからそんな重い感じは……
mu そうそう、全然重くなかった。
hu むしろどんだけ裏ごししたらこんな滑らかになるんだろうっていう。
mu はじめにびっくりしたのはそこですよね。
huはここでシャンパンをいただいております。
hu 野菜の全部に合った火の通し方。硬さがそれぞれの種類で全部最適の硬さになってる。
mu ああ、そう言われてみると確かに。いっしょくたに煮ているのじゃなくて、たぶんそれぞれで作ってお皿にならべてるのかも。
hu か、あるいは時間差? お出汁は全部のお出汁が出たほうがいいだろうから。でたぶんあれ、エチュベって言って、ほとんど水入れないでやるやつじゃないかと思うんだけど、蒸し煮に近いような。たまたまかりって歯で割った粒胡椒の美味しさが鮮烈で。なんかふあってはじけて野菜の味と一緒に広がって。あと、ひと切れしか入ってないトマトがめっちゃいいトマトだったね。トマトの皮を食べないことで有名な私が思わず食べてしまった。
mu えっ、そうなんだ、トマト苦手なの?
hu トマトは好きだけど皮は嫌いっていう。だから、ひとりでミニトマト食べるときでも剥いてます。
でも、今度コート・ドールに行く機会があって、もし私がトマトの皮を残したら叱られるのかなってちょっと考えてしまいましたが。(笑)ほんっとうにいいトマトだったね。
(後日、皮を剥いたら煮崩れるから剥かないのかも!と思い至ったhuです。)
酸っぱいのがふたつ続いたのも意外だったけど、酸味が違うから、そんなに気にならなかった。
mu マイルド酸味と素材の酸味かな。あれよかったですよね。
hu あんだけやっぱりガーンと野菜だけのものが来るっていうのも意外だったよね。
mu サラダっていうと葉っぱがひたひたみたいなのが多いですけど、あれ温野菜っていうんですか。
hu あれもある意味お店の売りみたい。斉須さんいわく、こんなの家でも作れそうと思って。
mu いやいや思わない。
hu 私たちは思わなかったけど、でも、私もじゃあうちでやってみます、とか言って、うちでやったらみんなぐじゅぐじゅになっちゃったわとかって 言ってくる人が多いみたいで。
mu うちでやったらスープになっちゃう。でも、家でも作れそう、って思わせるところが微妙にいいところなのかな。
hu 作れそうで作れないものっていうかね。
hu で次が、忘れじの鴨。
mu 鴨すごかった。
hu 鴨すごかったねー。
(huはソムリエのお勧めに従い、グラスでマルサネをいただきました。味付けが濃厚じゃないので、本当によく合いました。)
mu 柔らかくてねー。
hu あの血の味がしないのがすごくて、なんかもう鴨が食べられなくなりそうな気がする。あの鴨が食べたい〜もうほかの鴨じゃイヤ、みたいな。(笑)
mu 私もこんな赤い鴨は食べたことがなかった。レアでね。今まではもうちょっと焦げ目がついてカリカリしてたような。血の味もしないけど、こうやって赤いっていうのは、ほんとに初めてでびっくりしました。
hu 友だちが言うには、下処理とかそういうことじゃなくて、まず鴨自体がものすごくいいんだって。すっごくいい鴨だと血の味がしないんだって。で、なんとか産とかって説明されてたなって記憶はあるんだけど。
mu 録音しとけばよかった。すっかり忘れていました。
hu 一瞬言われてもねー。
mu いっつも困るんですよね。わからないフランス語で。
hu 知らない地名とかね。
mu かぼちゃがついていて。
hu かぼちゃさ、ちょっと粉振って多めの油でソテーしてるみたいな感じだったんだけど。あと衝撃が、ソースが甘くない。鴨ってたぶんほとんどのところではもっと甘いソースにすると思うんですよ。それが鴨のローストであんだけ甘くないソースっていうのは、だからほんとにあっさりしてる、けど、それだから甘いかぼちゃが美味しい。
mu 引き立ちましたよね。
hu かぼちゃすごく美味しかったね。
mu 美味しかった、美味しかった。 このかぼちゃだけ出してくださいってお願いしたい位に、私はあのかぼちゃラヴでした。もっと食べたかった。いいかぼちゃでしたね。
hu いいかぼちゃだと思う。もちろんお料理の仕方も上手なんだろうけど、いい甘みの。
mu ほくほくしてね。こっちは玉ねぎ?
hu 玉ねぎをよく炒めたものにベーコンがちょろちょろと。
mu ベーコンとこのかぼちゃとの相性もけっこういいってわかったのが大発見。
hu 玉ねぎの甘みと、ソースはやさしく。でも、ソースはほんと塩気ぎりだったよね。
mu 私なんかは、もう少しこてこてした方が好きだから、あとちょっと塩味が足りなかったらお醤油が欲しいと思ったかもしれないそのぎりぎりなところで。すごくバランス良く美味しかった。
hu 綺麗なお味というか、これだからペロリと食べられるという。だから、あんまり量たいへんという感じはなかったですね。
mu ほんとこれはもう一回行きたい感じですね。
hu きれいに食べてくださってありがとうございますって言われたよね。
mu きれいに食べるの当たり前だよね。
hu こんな美味しいものなのに。
mu 一滴だって残してたまるかって感じ。
hu・mu もったいない〜
mu パンがもう一切れ出てくれば、このソース全部すくって食べたぞ、みたいな。
hu もらってよかったのかも。コーヒーもね、お代わり自由だったのですね。
mu みたいですね。たいていいつもああいうときに足りなくなって、もう一杯とかやっちゃうんだけど。 美味しかったですね。
hu よみがえりますね。
mu ひとりは魚で、とか言わないでよかった。ま、魚は魚で美味しいだろうけど。
hu 食べてみたいけど。 私は魚、私はお肉で、分けたいんだけどって言うと、盛り分けてきてくれるところもあるみたいだけど。
mu お行儀的にはよろしくないんでしょ。
hu 基本的には。私たちって分けるの好きじゃん、みんな。いろいろ食べたいというか。でも、向こうの人はあんまそんなことはしない感じみたいで。あとあれだよ、元々はあの人たち両方食べるんだもんコースで大食いで。
mu 日本人だけかな、メインは一個だけとか言ってるのは。胃袋のサイズのせい?
hu そうだよね。羨ましい。
mu 羨ましいよね。
hu お金かかるけど。
hu で、デザートへ。
mu お豆さんがね。
hu おもしろかったね。甘くないのを添えるっていうのが。
mu 甘くないけどほっくりしてて。チーズケーキもふかふかしてましたね。
hu 肉だけだからソルベがなかったんですね。
mu そういえばなかったですね。魚も頼んでたら来たのかな?
hu たぶん魚のあとに来るとかの順番なのかな。ちょっと間違ってるかもしれないけど。フレンチのソルベってすごい美味しいから、実は期待してた。
mu じゃ魚も肉も頼んでいたら、ソルベついたのかな。
hu アラカルトでとっていたりしたら? なんとかしてソルベを食べようとしてる(笑)。それだったらソルベを頼めばいいじゃんか。
mu そうだったですね。(笑)
hu そんな手もあったね。 友だちにメニューはメニューは出てこなかったの? とか言われて、あ、出てきたよー、えー、何があったの? あ、ちゃんと見てなかった。なんでちゃんと見ないんだよーって言われて。
mu 写真撮れる雰囲気でもなかったしね、メニュー。お店の人の前でちょっと失礼とか言って。パシャとかできないし。
hu なんかスパイみたいだよね。
mu そう。産業スパイだよね。
hu そうかでもあれ手書きっぽかったよね。じゃあ、斉須さんの字だったのか。もっとちゃんと見ればよかった。
mu ああいうメニューって、素材の名前とかカタカナで書いてあってキラキラしてて、まぶしさのあまり思考停止しちゃうっていうか。
hu あと、もうフィックスで食べるって決めてるから、ほかに美味しそうなもの見てもなあってやさぐれてしまって。
mu 欲望がぶああって全開になってしまう。
hu それはありましたね。でもねえ、食べたいね、ソルベ。
mu 食べに行きたいですね。もうこんなことを言って。まだ1週間しかたってないというのに。
hu ほんとですね。あっという間ですね。
mu ケーキも美味しかったですよね、ふんわかしていて。これはちょっとオーソドックス。でも、これとお豆さんと合わせるところが。
hu そのお豆さんはすごい気になる存在でした。
mu なんて言ってたっけ? なんか言ってたよね。
hu まあ言うよね。
mu 見たこともないよね、こんなの。
hu うん、だから、よくあるお豆さんが巨大化してる。
mu そら豆みたいのなら見たことあるんだけど。黒というか紫に近いのは初めて見た。あれってたいへんだと思うんだよね、あんなふくふくにするのは。
hu 黒豆の煮方みたいなもんでしょ。
mu そうそう。ちっちゃい黒豆だってさ、きれいに炊くのすっごい大騒ぎしてるんだよ、うち毎年。お節で炊くんだけど、皺寄ったり、なんだか美味しくなかったりして、すっごいたいへんなのに、あんな大きな豆でふっくらにするなんて一体どうやって。
hu で、次がコーヒーと焼き菓子。
驚愕のマカロン。マカロン美味しかったですね。なんか普通のマカロンと違う感じがした。そうでもなかった?
mu いやそんなにマカロン食べつけてないから、何を普通と呼んでよいのかと。たぶん、生涯でマカロンね、5回も食べてない、私。
hu そういうふうに言われると私もたいして食べてないんですけど、これけっこうどっしりしてませんでした? マカロンってもうちょっと、口に入れるとすっと溶けていくみたいな感じがあるんだけど、この人もうちょっとどっしりしてて、でも私の好きなカラメル系の味で。
mu そうね、このマカロン、和菓子の最中で言うところの外側の皮が、へたんとしてるものかと思っていたんだけど、ここのはへたんとしてない。へたんとしてなくて、けっこう実がしっかりある、みたいな感じかな。
hu しっかりしてましたね。で、フィナンシェ。
mu フィナンシェ、おいしかったね。
hu もうコーヒー来てるのにお行儀悪いのかもしれないけど、呑兵衛はこれで赤ワイン2杯くらいいける。赤ワインと甘いものって合うので。あのナッツのコーティングしたやつとかは、もう一杯ワイン飲みます?って言ってるような気がしたけど。
mu そういうときワインは頼まないのもの?
hu どうなんだろ、コーヒーになってからまだ飲む人いるのかな?
mu このナッツも美味しかったですね。こういう細かい技があるのがやっぱフレンチなのかなって。
hu デザート食べたあとなのに、またコーヒーに甘いものも出してきて、本来ならあの人たちはこれに魚も食べ、オードブル的なものももう1品くらいいくのかな。なんかすごいよね、すごい胃袋だよね。
mu そういう強烈な胃袋を持ってるから、なんかフランス料理とか食べつけてると獰猛になってくるみたいな表現がどっかにあったじゃないですか。
hu ああ、肉食の人たちだから。
mu 羨ましいっちゃ羨ましいんだけどね、馬力が違うってことでしょ。
hu よかったですね、王道フレンチ。
mu 美味しかった。
hu 経験してよかったというか。
mu 味だけじゃなくて、お店の人の雰囲気とか、庭も含めて環境とかもね。お客さんがリラックスできる環境をよく考えてるなあと。 トイレに行ったときも、「まだ空いてないと思いますので、そこにお掛けください」って椅子をすすめられて、しかも「あなたの出てくるのをお待ちしていました」って感づかれない位置に椅子があるから、出る人はまあのんびり出てくるわけですよ。で、その後ろ姿で空いたとわかって、さりげなく入れると。
hu そうだよね。今入ってらっしゃいますって言われて戻ったら、先に別の人が行っちゃってってこともあり得るわけだし。さすがだね。
mu 考え抜かれた配置。
hu 毎回、そこ段差がありますのでお気をつけくださいとか、あの人たちにとって当然のことなんだろうけど。あと、店を出てちょっとふたりで喋ってたら出てきてくれて、どちらへお帰りになりますかって道を教えてくれて。
mu あの喋り方とか勉強させてもらいたいくらい。録音して。
hu なんか、あの人好き。あのソムリエの人が好き。
mu 来るときも「どーこー?」って、うろうろしてたら、お待ちしておりましたって入り口を開けてくれて、ああいう気の回り方もすごいよね。
hu お店の入り口自体も重厚感はありつつもこれみよがしでないというか。これ見よがしでないが一貫してる。
すごくつらいことがあったときには、少しお金はかかるけれど、コート・ドールでランチすると癒されそうです。
本当に良質なサービスというのは人をリラックスさせ、料理を堪能できる空気を作りだしてくれるものなのですね。
特別おいし〜いものを食べたあとは、めったなものは入れたくない。
で、とりあえず、ほうじ茶飲んでます。
料理と花の写真は mu さんです。