タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

『永山則夫 封印された鑑定記録』

土曜日は月に1度の塾。

今月提出した課題は ↓ です。

 

もうひとつの精神鑑定 

 

 私が大学時代を過ごした1970年代末の京都では、小さな街のあちこちで新左翼字体の〝連続射殺魔〟の文字を見かけた気がする。連続射殺魔という名のバンドがあり、『略称連続射殺魔』という映画があって、どちらもとんがった空気のチラシをそこらの壁にずらり並べて貼付けていた。

 永山則夫。連続射殺魔。死刑囚。貧困。無知。革命。地味な文学賞受賞。当時は誰でも知っている時代のアイコンだったけれど、ペタペタ貼られたレッテルの下に埋もれて忘れられていった。

 堀川恵子著『永山則夫 封印された鑑定記録』(岩波書店2013)はそんな永山と真摯に向き合った精神鑑定のありようを、担当医、石川義博が保管していた100時間を超える録音テープを丹念に書き起こしてたどった労作だ。石川(そして堀川)は〝貧困〟の二文字だけでは片づけられない永山の、彼とその家族の幾重にも重なる孤立と暴力の連鎖を掘り起こしていく。その過程は〝永山〟という謎を解くミステリー小説さながらだ。聞き取りが終了した日に石川の撮った笑顔の永山の写真が、殺人犯の得た初めての小さな救いの証しとも見えてくる。

 しかし、4人も殺した者を死刑にしないわけにはいかないという、始めに結論ありきの裁判の中で、不都合な石川鑑定は否定される。また、精神病質という指摘に極度に敏感であった永山本人からも、<自分の鑑定じゃないみたいだ>と拒絶されてしまう。石川はそのときの徒労感から以来一切精神鑑定を行うことはなく、臨床医の道を歩んだ。

 ところが実は永山は、終生石川による鑑定書を手元に置き、徹底的に読み込んでいた。遺品の鑑定書を堀川から手渡され、石川もまた長年心に刺さった棘を抜くことができ、救いを得る。

 本書及び本書と平行して著者が制作したテレビドキュメンタリー(注1)によって、永山則夫はまさに肉声の永山則夫として蘇ることができたのだ。

 1980年、永山は獄中結婚しており、本書に先行して堀川恵子が発表した著作とテレビドキュメンタリー(注2)にはその経緯も描かれている。私はドキュメンタリーしか見ていないが、この女性(とても魅力的な人だ)との出会いによって初めて人を信じることを知り、結婚できたのは、永山にとってこの上ない幸運であった。しかし最高裁差し戻し判決以降、彼は彼女にまで不信の目を向けるようになり、ついには離婚してしまう。永山の常規を逸した言動の数々に弁護団は苦渋の選択として精神鑑定を申請するのだが、ひたすら死刑をめざす裁判所が受理するはずもない。体の病であれば受診も許されただろうに、心の病ゆえに治療を受けることもできなかった。痛ましい永山則夫と精神鑑定の結末である。

 

注1. ETV特集永山則夫 100時間の告白」~封印された精神鑑定の真実~ 2012 /10/14(日)夜10時 インターネットで視聴可能

注2.『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』日本評論社 (2009/11/24)筆者は永山が服役した、28年間におよそ700人と1万5000通に及ぶ書簡をすべて読み、その心の軌跡をつづった。

ETV特集「死刑囚永山則夫 獄中28年間の対話」
2009年10月11日放送 89分 インターネットで視聴可能

 

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永山則夫が最後に働いていた牛乳店は、なんとうちから10分ちょっと。その名も恥ずかし〝乙女ロード〟に面した部分には生地屋さんが入っていて、なんとなんと私がちょくちょく覗くお気に入りのお店だ。永山はここの2階で暮らしていたのだなあと思うと、少し切ない。

 

文字数800字の指定のところを1000ちょっとになってしまったのは、獄中結婚とその後の永山にどうしても触れたかったから。

この『封印された鑑定記録』がとても力のある本だけに、さらにもっといろいろ永山のことが知りたくなって、彼の小説や佐木隆三の『死刑囚 永山則夫』、特集雑誌などなどいろいろ目を通したのだけれど、いちばん強烈な印象を受けたのはETV特集「死刑囚永山則夫 獄中28年間の対話」に登場した永山の元妻、和美さんの存在だった。

思い込みの強い人が自分も何か問題を抱えているときに、永山の『無知の涙』を読んで激しく感応してしまい、獄中結婚へと突っ走ったが、案の定破綻してしまったんだろう。アメリカの永住権も捨ててひとり日本へやってきたその人はその後いったいどうなってしまったんだろう。

そんなふうに考えていたわたしは、本当に失礼な奴だった。自らも過酷過ぎる生い立ちを背負った和美さんは、この人だからこそ永山の心の奥まで降りていけたのだと思わせる、重く深い言葉を発する。堀川恵子の制作した2本のドキュメンタリー。永山の声も和美さんの声も、ずっとずっと耳に残って消えそうもない。

『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』ももちろん読むぞ。というかすでに図書館に届いているんだけど、だから取りに行って読むんだけど、自分でも買おうかな。

あ、もちろん『封印された鑑定記録』も買いましたよ。近所の友だちにはお貸しするので言ってね。すでに1名予約が入っていますが。