タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

『紀ノ川』有吉佐和子

紀ノ川(新潮文庫)

 

塾の今月の課題です。風邪ひいて熱出して、ギリギリ提出になってしまいました。

提出したものは ↓

 

花の恋

 

 有吉佐和子『紀ノ川』は新潮文庫のカバーにあるとおり、〝和歌山の素封家を舞台に、明治・大正・昭和3代の女たちの系譜をたどった年代記的長編〟だが、意外にも明治の女、花が、私には際立って魅力的に思えた。

 小説の冒頭、目を見張るような美しい花嫁として登場する花は、聡明で有能でかつ謙虚。政治家である夫と家をしっかりと支え、姑にもやさしく、小作たちからも慕われる。

 完璧すぎて嫌味、と花のアンチテーゼである娘、文緒ならずとも言いたくなる花だが、彼女にはひとつ密かな弱点があった。「恋」である。

 異性と初めてふたりきりになったのが新婚初夜という明治のお嬢様、花は、夫に「あいつ、お前に惚れとったよってなあ」と言われて、ころりと夫の偏屈、狷介な弟、浩策に「ほの字」となってしまう。なんで花がこんな男をなのだが、好きと言われると急に気になりだすというのは、誰しも覚えのあることだ。恋に免疫のない花は、芸者遊びに走る夫とは対照的に、浩策さんは私に「プラトニック・ラブ」(学生時代に覚えた英単語)なのだわ、とときめく。といってもまあ、何が起こるわけでもなく、ふたりの恋心がマックス接近するのは、花のふたりの子どもとともに、ほんの一瞬庭先にたたずんだあいだ(新潮文庫 p97、ぼんやり読んでいると気づきません)、という可愛らしさ。

 浩策はつくづく嫌みな男に描かれているが、時にきらりと光る。夫の敬策がなんだ女かと名さえつけぬ長女を花が文緒と名づけたとき「ええ名やしてよ」と褒めてくれたのは浩策だし、その文緒の長女華子も「ええ名じょの」と浩策が祝福する。敬策が六十六歳で急死した葬儀の場で、ばたばた動いてかえって邪魔になる文緒を人が止めようとするのを「ほっとき。ああいう悲しみ方もあるんじょわよ」と制する浩策の言葉も鮮烈だ。

 晩年、花は〝和歌山県のために働き通した敬策を夫としたこと〟を本当に幸せだったと思い、浩策は誰のためにも生きず、誰に何一つ残さなかったと結論づける。しかし、彼女の優等生すぎる一生の隠し味、人生のスパイスとなったのは浩策ではないか。

 花は死の床で「香奠は、ようけ来ますやろ。けど、香奠返しはもう何もできませんえ。私の葬式すましたあとで皆が慌てるやろと思うたら、もう面白うて、面白うて……」と笑う。ほとんど性格が浩策化している。

 

 橋本治があんなに褒めていたのに、なぜか今までずっと読まずにきて、今回初有吉佐和子。ま、うまいんだろうなあ、とは予想していたけれど、ぐいぐい、というより、するするするっと読めてしまって、でも、滋味はたっぷり。

 ただ、あらすじ書いてもつまらない、ネタが豊富すぎて800字に収めるのがきつい、と一点突破しかない感じで、私は〝花と浩策〟に絞りました。

 他の受講生の方のものでは、明治の女にとって結婚は仕事、ならばこれをビジネス小説として読んでみよう、という切り口の書評がすごくおもしろかった。

 それも『紀ノ川』がいろんな読みを可能にするだけの厚みを持っているからこそ。

 有吉佐和子、もっと読まなくちゃ。現在、集英社文庫で初期作品の再刊が始まっているそうです。