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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

原発ジプシー

原発ジプシー 増補改訂版 ―被曝下請け労働者の記録

 5月の塾の課題は『原発ジプシー』

 

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)

『いちえふ』と絡めて書いてみました。

↓以下が提出したものです。

 

 

きちんとお金を払いませう

 

 

 堀江邦夫『原発ジプシー[増補改訂版]』(2011年現代書館)は自ら原発労働者として働いた記録を綴ったノンフィクション。30年以上前の著作とはいえ、原発の労働現場の実態を伝える貴重な資料だ。読み始めてまず驚くのはその労働の過酷さ。放射能被曝の心配のない作業でも、狭い場所に入って無理な体勢で、ほこりまみれ、汚水まみれ、これだけで十分病気になりそうで、とてもじゃないが進んでやりたいと思える仕事ではない。原発内部の仕事ではそこにさらに被曝の恐怖が加わり、被曝を最低限に抑えるための装備が労働者を苦しめる。放射能管理も杜撰だ。

 

 震災による原発事故以降の原発労働者の実態も知りたいと思い、合わせて話題のマンガ『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)』(2014年講談社[Kindle])も読んでみた。(注)原発、あるいは被曝に対する両著者の立ち位置は大きく異なるし、30年という歳月に加えて事故後ということもあり、施設、装備、状況も違うわけだけれど、それでも『いちえふ』には〝絵で見る原発ジプシー〟の一面もあって、施設も装備も労働現場もひと目でわかってしまう、マンガという視覚メディアの威力を感じさせられる。

 

 そして両書に共通するのが、相も変わらず何社もが介在し、中間搾取天国と化している原発労働の有り様だ。

 

 堀江は「原発は、下請け労働者の存在があってはじめて原発として稼働することが可能なのである。(中略)現場の最前線に送りこまれ、放射能にまみれて働くことを強いられている労働者たちの姿を無視して原発を語ることはできない」とあとがきに記した。

 

 今あるすべての原発廃炉を即座に決定したとしても、完全な廃炉までには何十年もかかり、その間程度の差はあれ被曝しながら作業を進める、多数の労働者が必要になる。原発の救いようのない悪循環から私たちを救ってくれるのはその人たちだ。ならば今すぐ雇用体系を整えて、ちゃんとその人たちが応分の報酬を得られるようにすべきじゃないか。まずはそこからだと思う。腹が立つ。

 

 

 

注 : 作中の〝平常時でも「原発は着替えるのが仕事」〟という言葉が印象的。作業員が身につける衣類だけでも、日々どれほどの汚染ゴミが出るのだろう。原発は膨張し続けるゴミ屋敷だ。

 

  『原発ジプシー』のような「正しい」作品って論じるのが難しい。ただただ納得して終わってしまう。「切り口」を見つけにくいし、無理に妙な「切り口」を見つけてくるのもなんだかなあ。そんな中、労働組合史の視点から、原発労働の多層下請け問題を扱った人がいて、まさにこういうのこそ「切り口」だなと感服。

 しかし、ひどい話なんだよ。原子力発電の導入に際して、自分たちが被曝労働をするのはいやだから、そこは下請けにまわすということを労働組合が要求した。労働者が労働者を裏切った〜って、私みたいな怠け者が「労働者」などという言葉を振りかざすのもなんなんだけど、こういうことやっちゃうともう労働組合ってただの既得権死守団体だよな。「連帯」のかけらもなし。