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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

『工場』小山田浩子

工場

今月の塾の課題です。

提出したものは↓

 

 

大便のようなタイトルは工場の大便なのかもしれない

 

 〝工場は灰色で、地下室のドアを開けると鳥の匂いがした。〟鳥の匂い? 小山田浩子著『工場』は、いきなり生臭い感じで始まる。語り手牛山の面接が終わり、仕事が決まったところで一行あいて、〝黒い鳥が〟また鳥だ。とその段落の最後、〝僕は汗をかいた。〟あれ、牛山佳子じゃなかったの? 意図的に誤読を誘う形で、今度は正社員として奇妙な仕事をあてがわれた古笛の語りになっている。

 

 さらに次節は一人称が〝俺〟の語り。この男の名前は出てこない。〝俺〟も他のふたり同様、工場に勤め始めたばかりだとわかり、牛山のひたすらシュレッダー、古笛のとりあえず苔調べ、そして〝俺〟の意味なし校閲と、三者三様に巨大な工場に呑み込まれるように全体像の掴めない、やりがいを持ちようのない仕事についている。

 

 小説は以後も突然話が変わる/戻るなど敢えてぎくしゃくしつつ、三人の語りを代わる代わる繰り出し、徐々にばらばらに見えたピースがつながり始めて、ピースがつながることで今度は、並列に見えた3人の時間に実は大きなギャップがあることが明らかになっていく。古笛の入社は15年以上も前で、牛山はせいぜい数週間、実は牛山の兄だとわかった校閲の男はまだ入社間もない。かつて古笛の担当であった後藤は牛山の上司となり、牛山の直属のリーダー、高齢老爺の寒川は孫と〝こけかんさつかい〟に参加して、後日孫ともども苔博士古笛を訪ねてくる。古笛が後藤に電話したときに取り次いだイリノイは、牛山兄の同僚入野井なのか? 寒川は意図的に古笛と牛山を遭遇させたのか? 

 

 〝仕事、労働に至るこれまでというのが、それは戦いでさえなくて、もっと不可解で奇妙な、自分の中にない、外の世界のことなのだ。自分が能動的に働きかけられるような類いのことではないのだ。〟

  

 牛山のつぶやきはまさに、この工場そのものを指しているかのようだ。正社員、契約社員派遣社員の格差は歴然だが、閑職厚遇〝つまりはお金は貯まる一方だった〟の古笛にしても、無為の十数年の飼い殺し。〝疎外〟の文字がたゆとう中、本来無機質であるはずの工場はどこか有機物の蠢きを帯びてくる。登場人物たちは今や、工場という不可思議な生命体の細胞のようだ。いきなり古笛の体中に毛が生えてくる。細胞の突然変異。彼はヌートリアになっていくのか。

 

 黒い鳥になった牛山は、いつか見かけたようにそのままトナーと化して、インキ/陰気を搾り取られ、資料課には依然、無意味な校閲を待つ〝大便のようなタイトル〟の冊子が山積みで、牛山兄は眠りこけるうちにトカゲに変身し……。

 

 

 

 おもしろくて、いろいろ気になるとこがある。本当はひとつ身体感覚的切り口を見つけて、そこから一点突破で展開、というのをやりたいのだけれど(基本いつも)、これぞ、が見つからず、全体をなぞるような形になってしまった。

 先生のご指摘は〝小説の構成をていねいに解き明かした「攻略本」風の書評〟そうだったのか……と自分で書いておいて思う。 その後お褒めの言葉などもいただきつつ、最後、〝未読の人にはどんな小説か、わかんないかもね(笑)〟えーん、せっかくなぞったのにぃ、笑い事ちゃいまっせ。ふぐぁぐぁぐぁ。

 しっかし、〝大便のようなタイトル〟! 校閲にまわってきた冊子のタイトルを見て、牛山兄が思うわけですが、すさまじい比喩だな。同一内容でも〝クソのような〟の100倍インパクト! これは使えます。

 

 一例  なにが集団的自衛権だ、大便のような内閣の小便首相め!

 

 大便、小便、の語の威力を教えてくれた小説でもありました。あっ、糞尿もいいわね、と今思いつく。

 

安倍首相の糞尿脳。石原大便新党。アメリカ小便合衆国。

 

悪口にスカトロは欠かせませんわね。