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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

あらくれ

あらくれ (講談社文芸文庫)

きのうの塾の課題でした。人生初徳田秋声

提出したものは↓

 

その後の仁義なきあらくれ娘

 

 徳田秋声『あらくれ』の主人公お島は冒頭18歳、〝その頃その界隈で男嫌いという評判を立てられ〟、〝手頭などの器用に産まれついていない〟分、せっせと荒仕事をこなす働き者だ。彼女は養家でだまし討ちのように婿を押しつけられて出奔、今後の「あらくれ」ぶりに期待が高まる。

 が、自然主義文学は甘くない。女には参政権もなく、実家も養家もそれなりの資産家でも、女ゆえにその分配にも預かれない時代、お島が〝自分自身の心と力を打籠めて働けるような仕事〟を見つけるには、ビジネス・パートナーとしての男/夫が不可欠だ。そして、そういう男はなかなか現れない。

 最初の夫、缶詰屋の鶴さんは評判の男前だったが、お島にさして愛情も示さず、女を作って家に寄りつかなくなり、1年持たずに離婚。次は田舎の旅館の〝蝋細工のように美しい〟病弱な若主人。別段面食いでもないのになぜかイケメン連打だが、相手の望む型が主婦と愛人では〝働きたい女〟お島の渇望は満たされない。

 そこへやっと登場するのが、講談社文庫版の解説でも指摘されている通り、お島の男の中で唯一〝姓〟で呼ばれる小野田だ。厳つい裁縫師小野田との出会いは〝自分の仕事に思うさま働いてみたい──奴隷のようなこれまでの境界に、盲動と屈従とを強いられて来た彼女の心に、そうした欲望の目覚め〟を引き起こし、お島は生き生きと猛烈に働く。

 が、自然主義文学は甘くない。猛烈に働く→商売繁盛→お島浪費→のせいだけじゃないけど商売傾く→夜逃げのごとく店をたたむ→なんとかやりくりして、また新たに店を開く、の繰り返し。しかも、小野田との「夫婦生活」はお島にとって苦痛でしかない。こんな苦行と仕事は両立しないと悩むほどだ。

 もっともお島は、過去のイケメンたちとは素敵だったとは言っていない。〝どこかに自分が真実に逢うことのできるような男が(中略)あるような気がしないでもなかった。成功と活動とのみに飢え渇えているような荒いそして硬い彼女の心にも、そんな憧憬と不満とが、沁出さずにはいなかった。〟要はお島の求めているのは「恋」とも言うべきもので、これってなんか安らぎも欲しい仕事人間みたいだ。〝成功と活動とのみに飢え渇えている〟荒い硬い心って、類型的な見方をしてしまえば「男」なわけで、仕事を得たお島は男と化し、「姓」をしょった小野田と心身ともに男対男の衝突をしていたのかもしれない。

 小説の末尾、お島はこれまた優男の腕のいい職人(疑似妻)と、小僧(疑似子供)を抱き込んでの「独立(ひとりだち)」の企画(もくろみ)を明かす。「男ふたり所帯」の堂々巡りを脱し、ついに自ら家長として「あらくれ」る野望だ。きっとにやりと笑ったに違いない。

 

 締め切りのずっと前に早々に読み終えたのに、切り口が一向に見つからず、難渋。無理から捻り出した感じでしたが、先生に炯眼と褒められた! 〝『あらくれ』は女性性に縛られていた女が男性性を獲得していく物語ともとれる〟と。しつこく粘ってみるもんです。