タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

虚人の星

虚人の星

 

塾の課題で、初めて島田雅彦の小説を読了。

以下が提出したものです。↓

 

 

プロパガンダ小説の殺伐世界

 

 島田雅彦『虚人の星』は、スパイへと育て上げられていく多重人格少年の物語と誰かさんを思わせる世襲ボンクラ首相の物語が交互に展開し、ついには交錯して、戦争へと突き進もうとする日本にブレーキをかけるというフィナーレを迎える。

 タイトルの〝虚人の星〟(→巨人の星)から〝レインボーマン〟、〝ドラえもん〟のサブカル・アイテム、主人公の〝星新一〟を始めとする〝宗猛〟、ハンチントン大統領(舞踏病 / 文明の衝突』の著者)、メニエル国務長官アルツハイマー大統領補佐官など特異なネーミングが目を引くが、それらが有機的に結びついて小説に何かしらの意味をもたらすかと思えばそういうわけでもない。

 物語の鍵となる〝多重人格〟にしても、七重人格星新一は〝病人〟の自分以外に6つのベタな類型を抱えているだけで、むしろ、それぞれの「人格」が〝理性〟や〝本能〟、〝善意〟、〝社交性〟などキャラクターの一面を担っているに過ぎないようにも見えるし、首相の〝のび太 / ドラえもん〟に至っては「拡大延長線上」といった感じでしかなく、腹違いの弟であると判明した星新一の説得によって〝のび太〟に引き戻された首相がいきなりとっても民主的な談話発表に至るのは、とってもとっても無理がある。結末はダブル夢落ちだが、ひとつ手前の夢オチで止めておいたほうが、ちょっぴり『ドグラ・マグラ』でまだしもよかったのでは。最後はなんだか、あまりにベタ。これ純文学っすか。じゃなくてもいいけど。

 3分の2くらいまで読んでくると感じるのだ。この小説には何かが欠けてない? まずここには〝人間〟関係がない。なんらかの利害関係で結びついた人たちはいても、〝情〟がない。そして、知覚に訴えかけてくるものがない。この小説の匂いは? 音は? 肌触りは? 唯一視覚と味覚が結びついて浮かぶのは、星新一が父に捨てられた場であり、再会した父と訪れる場である寿司屋だが、ここで主人公が思い出そうとするのが9歳の自分が〝何貫の握りを平らげたか〟の「数」であることも、なにやら象徴的だ。

 そして、その殺伐感を決定的なものにしているのが、ほぼ〝ハニー・トラップ〟か〝愛人〟としてしか登場しない、本書の小説世界における「女性」のありようだ。エリート官僚矢野真美がスパイになった動機を〝日本をアメリカに安売りする官僚たちが許せない〟と答えても、(パワハラ・セクハラ)〝上司たちに報復するために、(中略)個人的な恨みを晴らすのに中国政府を利用するとは、その癒し系の顔の裏に潜む闇は相当深い〟と星は勝手に決めつけている。あんたのミソジニー女性嫌悪)の闇のほうがよっぽど深いって。

 プロバガンダ小説が悪いとは少しも思わないし、作家の切迫した危機感はひしひしと伝わってくる。世界情勢分析も説得力がある。ただ、天下国家を憂う一方、この殺伐たる小説世界はどうよ、と私はそっちも心配になる。

 

島田雅彦という作家は基本こういう芸風なのだそうです。

人物は概ね図式的で、引用と企みの王者だって。

その引用と企みってやつが、この小説では独りよがりにしか感じられなかったなあ。

これが芸風なら、小説はもういいか、と思ってしまう。

そういえば、実際に島田雅彦ファンという人と会ったことがない。

どこにいる、熱く島田雅彦愛を語るファンよ〜。