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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

垂直落下中

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近所の公園です

 

今回の塾の課題は

 ①2015年をふりかえり、あなたの印象に残った本、映画、テレビ番組、展覧会など(ないしはそれに類する作品)を1〜2点を取り上げ、ご紹介ください。

 ②2015年をふりかえり、印象に残ったニュース(1〜2点)についてお書き下さい。身の回りで起きた出来事、個人的な体験などもかまいません。

 ★①②とも、ベスト1でもワースト1でもかまいません。

 

 ということで、私はやはり自分の身に起こった人生最悪の出来事について書かざるを得ないというか、それを書くこと意外考えられなくなりました。

提出したのは

 

垂直落下中

  私ってなんだか幸せな人生を送りそうな気がすると、根拠なく思っていた脳天気力に翳りが見えてきた昨今、なんとかなるさ〜と脳天気を肩代わりしてくれていた人が、あっという間に死んでしまった。私より先に死んだら殺すと、常々脅していた甲斐もなく。

 しゃがみ込んで助けてー!と叫びたい、でも、叫んでも誰にも私を助けることはできないとわかっている、そんな辛い日々が終わり、世界は空っぽになった。逆さにして振っても何も出てこないよ。空虚だ。時間は淡々と過ぎていき、私は垂直落下が止まらない。

 古い友だちが電話をくれて「人生の両端はわからん。なんで生まれてくるんかもわからんし、死んだらどうなるかは死んでみんとわからん」確かに。

 私は基本、人の死は、虫の死と変わんないんじゃないかと悲しい予測をしている。だって宇宙みたいな大きなことに目を向ければ、そう考えないと辻褄が合わない。プツンと儚く私たちは終わる。

 けれどもそこで思い切れるような潔い人間でもないので、勝手なイメージはある。私たちの世界は水族館の水槽のような分厚いアクリルのドームに覆われていて、死者たちはそこにはりついて生者を眺めている。よほどの事情がない限り、お岩さんほどのひどい目に遭わない限り、そのドームを突破することは許されない。逆に現世に興味を失って、ドームから離れていく死者もいる。きっと彼はドームにぺたりとはりついて、私を見ていてくれるはずだ。ただ、見守っていてねとは言いたくない。そんなふうに、もう私ら別種のもんです、とは認めたくない。

 カート・ヴォネガットの『ジェイルバード』では、死者は自分の好きな年齢になれる。天国で主人公は〝風格は備わっても、まだけっこう色気のある〟44歳なのだが、彼の父はなんと9歳のいじめられっ子、母は16歳の少女で彼や父のことなどまったく知らない。いやはや。  私は今の年齢がいい。彼も亡くなった年齢で、ふたりで人生の続きをしたい。ふたりでおじいさんとおばあさんになりたい。でも、死者は年を取れない。『ジェイルバード』でも地上で経験した年齢以上にはなれなかった。彼は永遠におじいさんになれない。

 もう長くは生きられないと宣告された人の、唯一の望みは海へ行くことだった。けれど病状の進行は速く、ただひとつの望みさえ叶えてあげられなかった。

 12月、私は彼が世界でいちばん好きだった場所で、ダイバーにとってこれ以上ないと思えるお弔いをした。「私が死んでも誰もこんなことしてくれないよなー」とつぶやくと、途中から合流してくれた友だちが、どちらかが先に死んで、そのとき残ったほうがまだ元気で潜れたら、相手のためにやってあげようよ、と言ってくれた。

 彼を海に還して、一区切りがついて、すべてはそれからだと思っていたけれど、区切りなどつかず、何も始まらず、というか始めず、始める気にならず、ひたすら自分に優しく野方図に暮らし、ときどきそんな自分にうんざりしている。いつまでもこのままではいられないけれど、消えて亡くなることは少し怖くなくなった。

 

 まとめているうちに当初よりだいぶマイルドになったのですけれど

なかなか楽にはなれませんね。つか、全然楽になってない。

現実感がないまま、ぼーっとしております。

もうインド行って、毎日カレーを食べて過ごそうかなあ、なんちゃって。

その前に

来月は(もう明日からだ!)毎日の整理整頓で家中がどう変わっていくか

実験してみたいと思っております。