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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

誕生日を知らない女の子 虐待——その後の子どもたち

誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち

 

図書館で借りた本です。

何がきっかけで借りようと思ったのかは忘れてしまったけれど、読みだしたら止まらなくなってほぼ一気読み。

虐待が子どもの心身に刻む傷のすさまじさに改めて愕然とする。

 

私は両親が早くに離婚していておばあちゃん子なのだけど

3歳のときにその祖母が入院し

しばらく親戚や近所にあずけられていたことがあります。

その時期の〝やっかい者〟であることの冷え冷えとした感覚

(季節は夏だったのに)

親戚の家で寝相が悪いと手足を縛って寝かされたこと

朝目が覚めると掛け布団がはがれたままだったこと

何かで叱られて柱に縛られたこと

そんな家ではされたことのないことの記憶が今も鮮明に蘇ります。

大学のとき、その話を友人にしたら

子どもは愛されることが仕事なのだから

愛されない子どもほどつらいものはない

世界に居場所がない

でも、そんな話をできる私はごく軽症だ

ほんとうにつらい思いをした子は

そこの記憶は恐ろしすぎて覗けない

その経験でおまえは少しはものを考えるようになった

それがなかったらもっとアホやったで

と言われたのでした。

 

なるほど、もっとアホやったんか。

さておき。

 

本書で語られるのは

生まれたときから愛情を注がれた経験がなく

24時間いつ攻撃されるかわからない恐怖の中で

ずっと緊張して息をひそめて生きてきた子どもたち。

ひとりぼっちで

うんちのあとのお尻の拭き方も

髪や体の洗い方も教わったことのない

だからやりようもわからない子どもたち。

そして虐待された子が虐待する親になる虐待の連鎖。

 

救いはそんな子どもたちに生まれて初めての安心できる場所を提供しようと

奮闘する里親たち。

子供たちのためにときには

学校や施設、実の親とも戦うその姿には本当に頭が下がります。


小さいことでもなにか子どもたちのために自分にできることはないのか

そんな思いに駆られる読書です。