タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

それは誠

それは誠 (文春e-book)

 

塾の課題だけど、古川日出男の書評に惹かれてすでに読んでいました。

つか、なんか私のせいでこれが課題になったような。

 

世界は君が思っているよりずっと広い

 

 乗代雄介『それは誠』。冒頭、高校二年の修学旅行の思い出を書くことについて書く、主人公佐田のペダンティックと自意識過剰が鼻につく。生まれてすぐに両親離婚。3歳のとき母が死んで祖父母に育てられ、<友達は俺と僕と私だけ。>上手に距離を取って、みんなを眺めている観察男子。しかし、修学旅行の自由行動の計画が始まるあたりから、話は俄然おもしろくなる。謎に結成された三班(当日主人公休んでたもんで)は、スクールカースト上位のサッカー部員大日向に、のちに特待生と判明する優等生蔵並、メンタルがやや独特で世話の焼けるトリックスター松、存在感を消しているはずの我らが主人公佐田の男子組 + みんなに一目置かれている(と佐田は信じて疑わず、常に目で追ってしまう)美少女小川楓とその親友井上、地味で人の良さそうな畠中さんの女子組。自由行動日には音信不通となっているおじを訪ねて日野に行きたいと佐田が言いだして、三班は土壇場で男女別行動で佐田の日野行きをカムフラージュする決断をする。

 遡って修学旅行初日、佐田は意外にも宝塚歌劇団花組公演で感動してしまい、バスの中でもこっそり涙ぐむが、サッカー部の名字泣かせの<大した不潔漢>、ヅカこと宝塚が、歌劇に無感動だった連中からからかい半分に感想を求められ <本当に胸いっぱいの様子で、ただ一言「後にしてくれ」と首を振った>と聞き、<ヅカを見直した。> 私もヅカを見直した。いい話だ。ここで佐田の〝認識改め〟修学旅行の口火が切られたのだ。

 脳内映画化を誘発する美しいシーンがいくつもある。日野でおじを待つ間、日の光に温められた落ち葉にすっぽり包まれて気持ちよく眠る松の顔から、佐田と蔵並が交互に一枚ずつ葉っぱを取っていき、眠っている松を起こした方が負けというゲーム。その長閑さと対照的なふたりのギシギシぶつかって、互いの本音へと降りていく言葉。

 物語の最後、見事教師たちを騙しおおした帰路の電車で、<向かいの席で崩れている四人と、そのすぐ上の暗い窓にはっきり映っている三人>、<前後二列、記念撮影のようにこちらを向いて座っている三班>、をスマホで写真に撮る小川楓。大冒険の唯一無二の記念写真。そこで佐田は実は班のみんなが佐田が笑っている写真を撮る競争をしていると知らされる。もっぱら見る側のつもりでいた佐田なのに。

 佐田はおじとぎこちなく短い再会を果たし、思ってもみなかったおじの変貌を知った。再会の欠落部分を、佐田が去ったあと3人の〝友達〟がおじと話して埋めてくれもした。劣らぬ衝撃は松の母から<あなたが学校でいちばんやさしいって>と告げられたことだろう。他人への評価も他人からの評価も大きく佐田を揺さぶった。なんて素敵な修学旅行だ。

 

 冒頭のペダンティック部分を激しく嫌う方もいて、いや、でもあれあってこその変貌が輝く、なのになあと。大好きな作品なのに上手く書けてない、魅力が十分伝わらない、たぶん、そして、他の作品読めてない、人生が足りない。