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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

からゆきさん

からゆきさん 異国に売られた少女たち (朝日文庫)

 

 塾の課題です。

 

そのことばにさわっていたい  

 15年ほど前、ボルネオをひとり旅した。オランウータンの保護施設を見学するため訪れたサンダカンで日本人女性と中国系マレーシア人A君のカップルと知り合い、A君にはディープなチャイニーズマーケットで毎朝朝ご飯をごちそうになる(めちゃくちゃ美味しい!)ことから始まって本当にお世話になったので、彼の副業である観光ガイドを1日お願いすることにした。私のリクエストで日本人墓地にも出向いた。

 日本人墓地は海を見下ろす高台の斜面にあった。百以上の墓標が並んでいたと思う。『サンダカン八番娼館』には確か、<墓はすべて日本のほうを向いている>と記されていたが、方向音痴の私にはそれが日本の方角かどうかはわからなかった。ただ、墓が全部海の方を向いていたのは確かだ。花屋などほとんどないサンダカンでA君がなんとか調達してくれた花束を抱え、私はひとつひとつ墓標を見てまわり、手を合わせ、ところどころに花を置いた。ただ、明らかに男性の名前と思われる墓は飛ばし、手も合わせなかった。女衒の確率が高いと思ったからだ。スピリチュアル系なA君からは「声が聞こえても絶対に答えてはいけない、連れて行かれるから」と注意されていたが、鈍いせいか私には何も聞こえなかった。それでも、今思い出しても、熱帯のまぶしい日差しの下で朽ちかけた墓地は、しんしんと寂しかった。

 森崎和江『からゆきさん』(朝日文庫)には<淫売>、<醜業婦>、<国家の恥辱>と目に刺さる罵倒語が並ぶ。それに較べて<からゆきさん>の響きはとてもやさしく柔らかい。<そのことばにさわっていたい> という森崎の印象的なつぶやきは、石牟礼道子のたたずまいにも通底し、すっくと立ち上がって、女たちに寄り添う立ち位置を明示する。

 <客とるのがはじめての子どもは、たいてい泣きますばって、これがまた、たまらんちゅうて、水揚げを何回かします。> こんなえげつない記述に触れると、人間とはどこまで浅ましいものかとうんざりするが、卑しまれ蔑まれるのは売る側であって、決して買春ゲス男たちではない。それでも、ただ踏みにじられているだけではなかったからゆきさんたちの多様なありようが紹介されていく。

 森崎は中国人クーリーや朝鮮人女性たちの辛苦にも思いを馳せ、世界情勢や国策といった大きな視点も提示する。ただ、ひとつどうしても引っかかるところがあった。各地に妾を囲い、その女たちをまとめてだまして密航させる男のことを <男冥利の役割> とするりと書く。決してそんなことを<男冥利> などとは思わぬ男性の存在を、ロマンティストの私は信じているぞ。さらに言えば <女も年食えば内面夜叉である>&<おなごも男も、子持たんものは心はやみです>って、年食って子を持たぬ女である私の心は、闇夜叉か。<その言葉にさわっていたい>の官能性と、粗雑な断定をぽとぽと下す鈍感、さらには狂言回しとも言うべきからゆきさんの娘=綾さんの芝居がかりが同居して、複雑な味わいの『からゆきさん』である。

 

 先生から「墓はすべて日本に背を向けている」の間違いというご指摘があり、やはり実際にサンダカンの日本人墓地まで出向いた本多勝一が苦言を呈していたとのことです。そりゃ日本の方角は確かに墓の背後だが、海に面した傾斜地で、海に向かって墓が並ぶのは当たり前だろうと。その通り。しかも墓の背後は木立というかジャングルというかボルネオですから緑むんむんなわけで、山崎朋子のこじつけもはなはなだし。

 それはさておき、森崎和江という人もようわからん。ただ『苦海浄土』の余韻も残る中、ゴールデン・ウィークに天草・島原を訪ねてみるという人を羨ましく思いました。

苦海浄土

苦海浄土 全三部

塾の課題なんですけど、一生に何冊も出会えないレベルの本で

けれども締め切りっちゅうもんもあって、あたふたと書いてしまいました。

ま、素直な感想ってことで。

 

パラダイス・ロスト

  石牟礼道子『苦海浄土』(藤原書店 2016)を読み始めてほどなく、心にゆらゆらと浮かぶのは意外にも 〝美しい〟という言葉だ。水俣病患者といえば、四肢を苦しげにねじ曲げ、顔を引きつらせたイメージだが、本書において〝患者〟という一般名詞ではなく、山中九平、坂上ゆき、江津野杢太郎などの固有名詞で立ち上がる人たちからは、過去の幸福な記憶の靄が立ち昇っている。

 発病前の患者たちの生活に、以前読んだ『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(岡檀著 講談社 2013)を思い出した。これは徳島県南部のある小さな町が、全国でも極めて自殺率の低い「自殺“最”希少地域」であるのはなぜかを調査した記録だが、その町で人々は、夕方仕事を終えるとひとっ風呂浴びて、近所の気の合う仲間とたわいない話をしながら酒を飲み、とっとと寝る。それは『苦海浄土』第六章の <前庭をひらいた家のどこかの縁に腰かけて、男たちが随時な小宴を張っている。(中略)通りかかったものは呼び込まれる> 光 景、そんな宴の肴を存分に採れるよう <漁師たちが〝わが庭〟と呼ぶ> 不知火海の <〝庭〟のへりに家を建て、家の縁側から釣り糸を垂れ> ることを念願とする生き方と通じ合う。特段立派でなくていい、成長しなくていい、自分探しなどしない……思えば資本主義にとって都合の悪い静的な世界観だ。

 その世界の豊かさは、杢太郎少年の文字さえ読めぬ祖父の矜持からもうかがい知れる。< 海の上におればわがひとりの天下じゃもね。> <昔から、鯛は殿さまの食わす魚ちゅうが、われわれ漁師にゃ、ふだんの食いもんでござす。してみりゃ、われわれ漁師の舌は殿さま舌でごさす。> <沖のうつくしか潮で炊いた米の飯のどげんうまかもんか、(中略)そりゃ、うもうござすばい、ほんのり色のついて。かすかな潮の風味のして。> 沖のうつくしか潮で炊いた米の飯を私も食べてみたいが、うつくしか潮は、金が命の某社の廃液で毒と化した。

 藤原書店版の扉で石牟礼道子は、自分が描きたかったのは希有の受難史ではなく、<海浜の民の生き方の純度と馥郁たる魂の香りである> と述べている。<まるで上古の牧歌の中に生きていた人々と出会うような感じ> であったとも。これだけのものを〝強欲〟が奪い、水俣病患者たちは水俣の経済発展を阻む要因として嫌悪された。

 <ユーキ水銀で溶けてしもうた魂ちゅうもんは、誰が引きとってくるるもんじゃろか。> ジャーナリズムに〝ミルクのみ人形〟と名づけられた杉原ゆりの母はつぶやく。<死とはなんと、かつて生きていた彼女の、全生活の量に対して、つつましい営為であることか。>坂上ゆきの解剖に立ち会った石牟礼道子は綴る。

 「第二部 神々の村」の冒頭は <杢太郎の爺さまが死んだ。> 読まねば。

 

 私は日々、亡くした家族を思って生きているので、日々、死とはなんと、かつて生きていた彼の、全生活の量に対して、つつましい営為であることか、を実感しています。『苦海浄土』は実に普遍的な書物です。

 

大人の遠足 大興奮活版印刷体験!

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先週の日曜日は塾のスピンオフ企画で大人の遠足 ♪

江戸川橋駅集合。神田上水の水路跡を辿って凸版印刷印刷博物館へ。

 

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何気ない町並みに、実は名所旧跡多発。案内役の方にポイント、ポイントを解説してもらうと、まるで違って見えてきます。

 

そして印刷博物館では、係員の方の解説付きツアー後、活版印刷体験!

 

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ずらりと並ぶ活字

十数種類の絵柄の一筆箋の中から7枚を選び、七文字を印刷します。

この七文字選びに予想外に興奮。

一筆箋ということで自分の名前にする方が多かったのですが

私の貧乏性は二方向に炸裂。

まず、どうせなら難しい字にしたい。

そして、7文字まで可なら7文字にしたい。

ほんと貧乏性だ(笑)

 

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文字の活字を拾ってきて並べ、左のイギリス製の素敵な印刷機で1枚1枚ぎゅっと印刷。楽しい〜♡

 

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素敵な出来上がり ♪

〝魑魅魍魎〟の〝魅〟以外は外字なので

スタッフの方が活字を拾ってきてくださいました。

体験が終わるともう、次はどんな文字を印刷したいかで盛り上がる〜。

私は決めました。

次回は〝似非完璧主義者〟だぁぁぁぁぁあ。

また行かなくっちゃ。

2016年 映画ベスト10

なにを今頃〜もう3月ですけど〜。

しかも振り返れば毎年、1位から発表している……普通、10位からだよな〜。

でもまあ2016年、ほぼ、順不同なのだけれども……

あ、そか、1位の写真がブログのページの表紙になるように、なのか……、ま、いっか……

あと、あくまでも私が2016年に観た映画のベスト10です。2016年公開作ではありませぬ。

 

10位 花とアリス殺人事件

花とアリス殺人事件

 

なんでアニメ?と思ったけれど、主演のふたりが育ちすぎちゃったんですね。

私は岩井俊二作品の中で突出して『花とアリス』が好きなんだけど、この前日譚もおんなじくらい好きなので、続けて一気観したい。どっちも録画して持ってるからいつでも一気観できるのに、それがなぜ今もってできぬ……

 

9位 牡蠣工場

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大きなことは何も起こらない。でも、いつまでも観ていたい映画。

 

8位 光の墓

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相変わらずへんてこだった。独特の触感が癖になりまする。

ああ、この、暑い中、風が抜ける感じ、

ロケ地はたぶんコーンケンで、私はこの町へ行ったことがあります。

 

7位 グランド・ブダペスト・ホテル

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ウェス・アンダーソンなのに、ブルーレイが¥1,000以下って……と買ってしまいました。大正解! ウェス・アンダーソンだもの。家族ふたりできゃっきゃ言いながら観たかったです。

 

6位 ニーチェの馬

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いただきもの。

6位でいいのか、と自ら問いかけてしまう、すごい映画です。

すんごく寒いです。あと、毎日、ご飯はこのおいもさんだけです。

 

5位 写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと

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なんかいいんだよな、好きなんだよな、幸福な人生だよなあ。

Saul Leiter (Photofile)

小さいものですが、写真集も買っちゃった。

4月から展覧会もあるぞ、楽しみ。

 

4位 父を探して

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傑作です。↑では伝わり切りません。観るしかないっ!

じゃ、なんで4位なんだって、もうみんな好き好き順不同。

 

3位セトウツミ

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ず〜っとず〜っと観ていたかった〜終わらんといて〜と思っていた。

 

2位 ふがいない僕は空を見た

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私を永山絢斗ファンの滝壺へと落とし込んだ作品。ちゃんと高校生に見えます。

原田美枝子助産師のお母さんもとてもいい。

いろんなところが行き届いてリアルな作品でした。

 

1位 リザとキツネと恋する死者たち

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なんでこれが1位かっていうと、やっぱ好きな世界ってことでしょうか。

色調とかすべてですね。このセスンスがラヴ♡なのだ、私。

あと、幽霊と暮らしたいです。ビバ! ハンガリー

 

私にしては大健闘の10作中6作が映画館で観た映画。内、4作が阿佐ヶ谷ユジクにて、でした。今年は現時点でまだ1度も映画館で映画観てない、つか、まだ1本しか映画観てない。がむばれ、私。

ちなみにそんな中、きのうは録画した舞台『かもめ』を見ましたが、意外やいちばんいいと思ったのは坂口健太郎でした。ま、まんまキャラではあるのだけれど。満島ひかりは、うーん、私の期待が過剰すぎるのかもしれません。

OUTSIDER IN THE WHITE HOUSE  バーニー・サンダース自伝

Outsider in the White House

 

塾の課題です。英語で読んだら提出ビリになってしまいました ( ̄ー ̄;

 

バーニーに会いたい!

 やあ、素直な感動に包まれる読書でした。ごっつあんです。バーニーが好きだぁぁぁぁぁぁぁあ♡

 昨年来、基本英語の本は英語で読もう(ハハハ、時間かかる)方針を採用しており、今回の課題『バーニー・サンダース自伝』も勝手ながら原書の“OUTSIDER IN THE WHITE HOUSE”2015 Bernie Sanders with Huck Gutmanで読みました。ハハハ、時間かかりました。しかも、Kindle版が翻訳より200円ほどしか安くない。ブーブー。でもこっちは生バーニーだっ! 元々は1996年の下院選挙戦を軸にそれまでのバーニーの政治家人生を振り返った本の〝大統領候補になっちゃったぜ増補版〟なので、原書の表紙は元の本のタイトル“OUTSIDER IN THE HOUSE”(HOUSEは下院を意味する)のTHEとHOUSEのあいだに白ペンキで手書き風にWHITEを加えるという、なかなかおちゃめな作りになっています。

 最初に弱小左派政党から選挙に出た頃は、得票率1%とか2%の絵に描いたような泡沫候補だったバーニーが、1980年のヴァーモント州バーリントン市長選で、前回の得票率がわずか6%だったにもかかわらず見事当選し、89年まで市長を務めたのち、1990年の下院選挙で当選、下院唯一の二大政党に属さない独立系議員として活躍するという、これまた絵に描いたようなシンデレラ(ボーイ)・ストーリーなのだけれど、これが血沸き肉踊る。なんでこんなにわくわくするのでしょうね。正義が勝つからか。

 バーニーは一貫して社会的弱者(低所得者、老人、子供、女性、性的マイノリティー、個人経営農民、労働者階級、退役軍人などなど)の利益のために戦いまする。誰もがまっとうに生きられる社会をつくるために、まっとうな累進課税システムを確立し、投票率をアップさせ、民主主義教育を徹底し、選挙資金制度を改革して金で票を買えるような状況をなくし、大企業が牛耳るメディアをもっと開かれたものにします。環境保護にも力を入れます。もちろん国民皆保険制度は必須です。となんかもういちいち言うことは正しいわけですが、特に目新しいことは何もない。政治の現場で時にはしたたかに〝最善〟の道を選ぶけれど、とにかくしごくまっとうな〝正義〟を、めげずにしつこく主張し続けるのです。あー、こんなんで勝てるんだ、こんなまっとうなやり方でいいんだと、ま、いいんだっつってもこんな議員はアメリカ合衆国にひとりしかいないわけだから、そうそう安心してもいられないけれども、目から鱗っていうのでしょうか。バーニーにギミックなし。愚直バーニー王道左翼で人気者。

 本書で印象的だったのが、泡沫候補時代にバーニーが繰り返し言われたという、<あなたの言うことにはまったく賛成なんだけど、弱小政党に入れて自分の一票を無駄にしたくない>という言葉でした。あ〜この前の都知事選を思い出す。リベラルが小賢しい計算で知名度の高い(内容空疎の)候補をまつり上げ、地道な活動を続けてきた人の立候補を取り下げさせて、勝とうとしたあの選挙。勝つためにはそれしかないのかなと思ってしまったあの選挙。そういう投票行動が未来のバーニーの芽を摘むことになるのかもしれません。

 日本にバーニーを誕生させるにはどうすればいいのか、ご本人に訊きに行きたいなあ。なんかヴァーモントへ行ったら会ってくれそうだし。批評塾大人の遠足、バーニーに会いに行こう!

 

 ベタにビバ!バーニーですみません。でも、勇気が出るバーニー。ヴァーモントの集会などに出かけていけば、本当に会えそうなバーニー。すれ違うと見過ごしそうになバーニー。私が会いに行くまで長生きしてね、バーニー♡

インタビュー 社会とは何か

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インタビュー講座の課題です。

 

社会とは何か 半分の性 

 

H・Kさん

プロフィール 一九四九年生まれ。山梨県甲府市出身。現在も甲府市在住。父の代からの家業である会社に勤めている。今年六月甲府市で『わたしの自由について〜SEALs2015〜』の上映会を主催。

 

 大学から東京に出て、当時四大進学率は男性で二〇パーセント、女性は五パーセントくらいかな。明治大学の仏文です。受験の翌年が東大入試がなくなった年で。ジェルジ・ルカーチにかぶれてたんだけど、美学は全部落っこちちゃって。サルトルも好きだったし仏文へ。でも、結局どこへ行ってもバリケード封鎖ですね。入って五月から、二年の終わりまで。やめちゃった人もいっぱいいましたよ。六十人のクラスで三十人やめたって、授業始まったときに聞いた。都内の子はまだ学費だけだからいいけど、私なんか生活費も親からもらってて。

 私は朝日ジャーナル読まなきゃ恥ずかしいってほうで、社会科学研究会ってサークルに入って。防衛庁とか羽田とか新宿とか、すごい数の学生が集まってた頃だけど、女性差別があったんですよ。女性はレポって言って、レポーター。先にちょっと情報収集ですよ。サークルはバリケード封鎖してる側だから。集会とか、サークルで集まるためにバリケードの中に入る。誰でも入れましたよ。乱交パーティをしている人もいたらしい。誰が尻軽だとか、噂してた。男の人のことは言わないんだよね。女はレポと炊き出し。あと喫茶店待機みたいなのね。機動隊とぶつかるとか怪我するとか捕まるとか、だから来るなって言われるの。喫茶店にいるのは、一応うちにいるよりも参加感があるから。

 七一年ぐらいには運動も下火になって。三年生になるとみんな就活始めて、女の人が少ないサークルで、男性はみんな何バタバタしてるんだろうって思ったら就活で、みんな公務員。革新政治が始まった頃だったから。今から間に会うのは東京都ぐらいだよって言われて、地方公務員、大学三年で中級が受けられるんですよ。それで受かったから大学やめちゃったんです。下の弟が東京に出てくるってときだったし。

 で、大学時代のサークルにいた人間と結婚したんです。その人は学年がいっこ上で東京都に入った。うまい具合に言いくるめられちゃって、就職するなら結婚したほうがいいんじゃない、就職してから姓が変わるよりって。それが半分プロポーズみたいな。向こうはヤバいと思ったらしくて。自分は都なのにこっちは世田谷区だから、結婚しないと取られちゃう的な?

 その頃はストライキで東京中の交通が止まる時代なんで。だから、東京都も組合は政治活動盛んでしたよ。今と違って、私鉄がストをかけるときは応援ストみたいなことをするとかね。公務員て基本的にはスト権ない。だけど、ゲリラ的にやってましたよ。ちょっとした集会とか。まだ社会党があった頃。都職労って自治労傘下で、リベラルなほうだったから。今じゃほんと考えられない。もう組合ないに等しいでしょ

 世田谷区に勤めていたのは七年半。七四年の十二月には上の子を産んでます。産休は十二週だったかな。当時の労働法の中ではマックスですね。それでも子供の病気で保育園から一ヶ月休めって言われたときは、母はリューマチで頼めないし。綱渡りでしたよ。夫が休んだり、こっちが休んだり。これでもうひとり生まれたらどうなっちゃうんだろうって。だから下の子を産んだのはUターンしたあと。姉妹で八歳離れてます。

 部署が変わって今から思うとマタハラなんだけど、その頃はまだハラスメントって言葉もない時代で、子供は二歳で、二重保育続けて小児結核になっちゃって。夫は私より先にやめたんですよ。三十になったら違うこと始めようと思ってたとか、そんなのそのとき初めて聞いたんだけど。やめて、髭なんか伸ばしだして。

 ハラスメントと夫がやめたのと子供が病気がちになったのと、父親が得意先で遠回しにもうあなたでは困ると言われたのが重なって、甲府に帰るって決めたときには、私の都合で夫の人生を決めては悪いから、別れるって言ったんです。夫は子供の具合が悪くても、まったく何もしてくれない。忙しいポストだったししょうがないんだけど、その頃の革新的な女子学生って性別役割分業拒否だから、すごい喧嘩したんですよね。そんなこともあって、来なくていいって言ったら、オレは家族じゃないのかって騒いで。でも、別れ話のさなかに、全財産入った財布をデパートのトイレに忘れてなくしたって言うんで、情けかけちゃった。しかたないなと。それが八十年だから三十一歳。

 社長を向こうにお願いしたんだけど、八十年に帰って、十年間は前年比十パーセントは売り上げが増えましたよ。思いっきりバブルですよ。ほぼ団塊の世代だから、バブルの先頭切ってますよね。崩壊して凋落していくのも。

 一回倒産して、作り直しました。それもありますね、離婚したのは。国がいちばん悪いですよ。青天井で貸したから。今も変なことやってますけどね。七千万までって言われてたのが二億何千万借りられた。国が悪いと県も真似するし、市も真似するってやつ。九一、二年までは気づかないで、その後どんどん悪くなって、二〇〇七年に整理して、八年に再建したのかな。別居したのが二〇〇二年で、一〇年に離婚。娘たちふたりがすごい私の味方をしてくれて、嫌がる夫を説得してくれた。

 何かしないと食べていけないし、従業員もいるので、できるだけ、得意先も仕入れ先も離れないように、払えるところは払って。元夫にはそういう能力はないです。営業もしないし、たたむこともしない。倒産させた当事者は社長にはなれないので、形だけ従業員の方にお願いして。実質私が社長やってるようなもんです。元夫は働き蜂。定時に来て定時に帰って、あー仕事したって飲むお酒がいちばんおいしいみたいな人で、その代わり会社の将来とかはまったく考えてない。それは自分の仕事じゃないと思ってるんでしょうね。

 だからずっとたいへんですよ、会社は。私はお客さんに会いにもいかないし、注文も取らないし、金勘定してるだけなんだけど、向こうは日常業務しかしない。たたむときも私が全部やったんだけど、銀行の相手って、日本の習慣で、こういう小さい会社だと女の人がやるんだよね。すごく珍しいらしいけど、先進国では。ただ、普段の銀行担当や経理は奥さんでも、いざというときになったらやるはずなんです。うちはそれもやんなかったわけ。

 SEALsの映画の上映会をやったのは、直接的には娘ふたりが病んだり、派遣切りされたりで。最初は私の育て方が悪いんじゃないかとか、どこの親もそういうふうに思うと思うんですけど、まあいろんな方の話も聞いて、個人的なことが理由じゃないと思ったんですね。個人的な親子関係の問題ではなく世の中の問題なんだと。

 上映会のメンバーは私と私が誘った人のふたりです。去年の九月、新宿のSEALsの集会に参加しようと甲府駅へ行ったら、北口の駅前で集会やってたんですよ。それであとで調べまくったんです。山梨でネットワークが欲しいじゃないですか、新宿行くより山梨が先だろうと。とりあえずいちばん入りやすそうなのは「安保関連法に反対するママの会@山梨」だなと。だから去年の九月からママの会の集会とか山梨のデモにも出るようになって、つながりもできて。

 小学生の飢えが六人にひとりだって聞いてますけど、息子や娘がクビになると、孫も含めて、誰が食べさせるかと言ったら親ですよ。本人はもう病んで眠れなくて記憶が飛んでるような状態で。使い潰しですよね。退職金も出ない、病院に行くのも自費、失業保険が出るまでは親が負担とか。やばいですよ。死の淵まで行っちゃうんですよね。うちの上の娘もそうだったし、下の娘もこないだそうなりました。ほんとタイムカード押さないで働くとか、サービス残業も当たり前だし。

 映画はアップリンクが配給元なんだけど、選挙前だとちょっと安くしますよって話で。選挙の応援をしたいって、監督の西原さんの意向があって。選挙は七月の頭で、それを知ったのが四月くらいだった。近隣の九条の会がやりたいって言ってるって聞いて、ヤバい、私がやらなきゃって思っちゃったの。商業的にも成り立たないと困るから、あんまり場所が近かったり、日にちが近かったりすると監督のOKが出ないっていうんで、先にやられたら、こっち断られるから。近くだったから。でも、あとで聞いたら向こうはジジイばっかりでめちゃくちゃフットワーク悪くて、なにを私はあせったんだろうって。

 映画の上映会やってる人からは準備に最低三ヶ月いりますよって言われて。まずは場所が取れないと話になりませんよね。公営のホールは土日祝日はもう半年前から埋まってて。決めたのは四月の末の連休に入る前。比較的安い民間の貸しホールを取った。フィルム代がいちばん高くて、あとホール代。それから監督とSEALsのメンバーを呼んだんです。牛田さんってヒップホップをやってる人。地元のヒップホッパーと即興のライヴもやってもらおうと。謝礼は払わないけれど、交通費とご飯代くらいはね。結果的に、その日のうちに東京に帰れないこともわかったんで、ホテルも取ったんですよ。ちょっとそこらへんが余分かな。諸々の経費全部とチケット収入を相殺して、主催者ふたりで数万円の持ち出しですみました。四十人でいっぱいのホールで二回やったんですよ。ほんとは何百人って集めたかったけど。結局八十プラス予備の席十四で九十四。満員になったんです。おかげさまで。

 何がうれしかったって、私たち主催者ふたりとゲストの監督と牛田さんと地元のヒップホッパーとのフリートークになったときに、誰も帰らなかった。質疑応答もあって、それが盛り上がっちゃって、盛り上がっちゃって、八時四十五分には出てくださいって言われてたんだけど、九時までやっちゃったという。

 やっぱり奥田さんとかSEALsの言葉は胸に突き刺さるんですよ。義を見てせざるは勇なきなりって言ってますけど、これなんかは私なんか十分感じる世代なんで。あと、全員って言っていいぐらい、三つくらい奨学金もらってるんですよ、彼らは。で、奥田さんなんかのいじめられた経験はちょっとすさまじいんだけど、ありとあらゆるいじめの博覧会みたいな。だから言葉が突き刺さるんだろうと思うけど。本当の言葉、そのまんまの言葉でしゃべってるから。それが決断力にはなったかな。この人たちだけにしといちゃいけないだろうって。これも彼らの言葉なんだけど座視、座って見てるだけの人間っていうのは、僕らは軽蔑しますって。普通に喋る言葉がすごいまっとうなんだよね。

 私にとって社会は、一応私、半分の性じゃない、女性という。男性というもう半分の性があって、わかってるつもりでもわからないんですよね、男性という性については。六十数年生きてきた経験値の部分ではわかるけど、半分わからないって意味ではまだおもしろいなって思うんですね、世の中に対して。未知の部分があって。悲観することも楽観することも半分の自分の中でしか知り得ていない部分で、こうだろうああだろうって断定できない分まだおもしろいところがあるだろうって。働きかけた場合に予測できないような手応えが返ってくることもあるかもしれないなと。

 幼なじみで大学で再会した男の子が、ウーマン・リブっていうのがアメリカで起きてるよね、これからおもしろくなるよねって言ったの。全共闘が下火になっても、またおもしろいんじゃないウーマンリブでって。男の人でも女が変わって世の中おもしろくなるなって思うんならば、今度、男が変わればまた女も変わる。当たり前ですよね。

 反権力闘争みたいなことをやる人はみんな言ってるんだけど、ひとりじゃないよねって。ひとりなら自分の力が尽きれば尽きちゃうけど、自分がやってればまたやり始める人もいるだろうし、自分がお休みしてるときにやってる人もいるだろうし。やってらんねえよな、そう思わなきゃぐらいの話なんだけど。あと、私たちはまじめっていうか、多面体の多面度が足りないと思う。さっき義を見てせざるは勇なきなりなんて言っちゃったけれども、大義ってなくてもいいんだよね、別にね。なんかおもしろそうなことをやってる感じのほうが。ごまめの歯ぎしりでもいいと思ってるのよ。上映会のときすごく支持してくれた方に、期待はしてないかもしれないけど、このままだとちょっと申し訳ないかもしれないってのはあるけどね。ただ、大きくならなきゃいけないってことはないし、よくならなきゃいけないっていうのでもないし、もしかしたら私じゃなくてもいいし、というふうには思う。

 母親とか女って立場もあるんですよ。子供が直接の契機で子供とSEALsがオーバーラップするとこもあるから。今、食えない子供を親が食わしてる。年金世代でも食わしてるのに年金下げるって話で。孫が食えない、飢えるってヤだよね。私何がいちばんやりたいかっていうと子供食堂ですもの。災害ボランティアとかだと配りっぱなしだけど、子供食堂だと親もいて、地域にも根ざすし、人間関係のネットワークもできるだろうし、そういうコミュニケーションっていうの? 年寄りの海外ボランティアもいいけど、地元がやばいじゃんって。シャッター通りどころじゃない、限られた繁華街がさびれてくなんて程度の話じゃないんだから。

 こんなひどい世の中のまま、子供たちに未来を渡すことに、ほんとうに済まないという思いが、心の底にあります。いろいろしてきてなかった、自分への怒りでもあります。

 

 インタビュー講座が今期からライティング塾に変身してしまいました! 1年かけて1冊本を書くそうです(笑)(他人事かっ!?)。なんだか知らないうちにマラソン大会にエントリーしてしまったみたいだ。でも、今後もインタビューも続けていきたいなあと。まずはFさんのロング・ヴァージョンだ!

世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち

 

先月の塾の課題です。

 

言葉と戦争

 

  たとえば登場人物のしぐさひとつで、すっとキャラクターが立ち上がるような、そんな小説があるけれど、中脇初枝『世界の果てのこどもたち』(2015年 講談社)は違う。なんというかもっと、よく言えば親切、悪く言えば説明的。児童文学的、なのかもしれない。わかりやすい分、余白が少ない。

 本作では出自を異にする同世代の3人の少女の戦中戦後、文字通り波瀾万丈の人生が描かれる。その軸になるのは〝言葉〟だ。朝鮮人の美子は皇国臣民となるべく自ら進んで朝鮮語を捨てて日本語を学び、戦後日本へ渡ってから、在日としての誇りを培うため母語を学び直すことになる。日本の寒村から満州に渡った珠子は引き揚げの混乱の中さらわれ売られ、生き延びるため、中国人養父母の愛情に応えるために、記憶から日本語を抹殺する。横浜の裕福な家庭に育った茉莉は空襲で家族を失い辛酸を舐め、ひもじさの中で「ギブミーチョコレート」と叫んで、鬼畜米英が実は憎めぬ<ハローのおじさんたち>であることを知る。

 ふたりの教師も印象的だ。ひとりは満州の学校の鈴木先生。<朝鮮人だったのでときどき日本語を間違えることがあり>、子供たちに笑われても屈託なく<「先生も一生勉強します。きみたちと勝負します」>と言って、生徒たちから愛されていた。もうひとりは美子が日本で通った朝鮮学校の日本人教師で、<赴任当初、谷口先生は朝鮮語が全くわからなかったのに、何週間かすると、子供たちが朝鮮語で吐いた悪態を叱り、朝鮮語で板書をするように>なって、<「先生だって、みんなと同じだ。知らないことはなんでも勉強しなきゃだめなんだよ」>と、これまた当然大人気。あまりに相似形で小説だもの感が漂ってもしまうけれど、慕われる教師ってこういうものか、とも思わされる。

 そんなふうに感じるのは、私が年末から突然個別指導塾で働くことになって、100%正解の人でないといけないプレッシャーにさらされているからかもしれない。その上、英語を教えれば「英語なんかいらいない。日本から出ない」と言われ、現国の入試問題にブチ切れた受験生からは「日本語なんかいらない、意味ない、何の得もない。英語にしちゃったほうが便利」と言われ、「母語を失うことは文化をそっくり失うことだよ」なんて言っても「はあぁ?」で「いらんわ、そんなもん」でとっさの応戦敗北。

 日本語を捨てることでしか生きられなかった珠子が、中年になって中国残留孤児として日本に帰国し、日本語を学び直す、その一生かかっても学び切れないという切ない思いを、現国に怒る受験生にも知ってほしい今日この頃です。 

 

 たとえばつぶさに描かれる〝引き揚げ〟の実態など、読み応えたっぷりの小説なのですが、一方で、もうそのおにぎりの話はいいよ、と言いたくなる安直さ(読めばわかります。むしろこの〝おにぎり押し〟に感動、の人も多い)や、なんで〝世界の果て〟なんだ?(失礼ちゃう?の意見あり)、あの終わり方はなんだ? などなどの疑問も。