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タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

エマニュエル・トッド講演会

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スミマセン。生来の貧乏性で、一字一句聞き逃すまい〜で、ま、聞き逃してはいるのですが、ものすごく長いっす。

 1月28日、慶応大学三田キャンパスで行われたエマニュエル・トッド講演会へ行って来ました。恥ずかしながらトッド氏に関しては世界的に有名な学者という以外、何の予備知識もない真っ白(純然無知)な状態で、タダだし行ってみよ、と好奇心の赴くままのがめついおばちゃんな私でありました。すぐ前を平川克美さんが歩いていました。
 
 

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人生初慶応大学。意外と素敵な建物はなくて、ま、通り道しか見てないけど、唯一この灯台みたいなのがお気に入り。


 まず最初に30分ほど、最新刊『シャルリとは誰か?――人種差別と没落する西欧――』(文春新書)の翻訳者でもある堀茂樹氏によるトッド人類学の紹介解説があり、その後トッド氏登場! いでたちは地味ですが、なかなかにカッコいい。きっと平凡に見えて高級素材をお召しなのでせう。そして、語りだすや、よく通る声、エクセレントな滑舌、緩急強弱自在の〝雄弁家〟ぶり。あ〜、私のフランス語がここまでポンコツ錆々でなかったら、聞き取りやすいとか言えたのに〜、悔しいっす、勉強し直します、といきなり後悔の大波、はさておき。

 テーマは「宗教的危機とは何か」
 フランスでは今日、宗教的なものが固定観念化している。それは呪われた宗教=イスラム教であり、ファナティック、テロリズム、無知蒙昧、女性の地位の低さなどのイメージが定着している。
 フランス市民であるトッドは宗教的感情の消失、脱キリスト教化、カトリックの崩壊を研究してきた。

1.18世紀半ば カトリックの約半分が崩壊 パリ盆地、南イタリア、南スペイン

2.1870〜1890 プロテスタンティズム衰退 イギリス、ドイツ、スカンジナビア

3.戦後 残存カトリックも衰退 ベルギー、オランダ、ババリアアイルランド

 ちなみにトッド氏、原稿、メモなど一切見ずに、すらすら話されているように見えました。

 事実を追っていくのがトッドの方法論
 宗教の衰退、危機は同時に転機であり、新イデオロギーを生み出す。

1.1730〜40 パリを中心にカトリック崩壊→半世紀後フランス革命 カトリック的価値の転位

2.プロテスタントの衰退→ナショナリズム
 ルター主義の崩壊地域はナチズムの広がった地域と重なる。
 ヒットラーに投票した地域はルター派の地域
 集団的的信仰としての宗教の崩壊後しばらくすると、新イデオロギーが出現。
  しかもそれはしばしば経済状況とほとんど無関係に起こる。

3.第3の脱宗教化 20世紀末〜2010年
 カトリシズムの残っていた周縁地でさえカトリシズムの実践(司祭になる、教会へ行く、など)がなくなる。ベルギー、オランダ、アイルランドですら。ポーランドでは共産主義への対抗手段であったカトリックが消失。

 フランスは2010年以降組織としての宗教的実践のない国に。
戦後のフランスは、すなわちトッドが生まれ育ったフランスだが、宗教的に安定した時期であった。周縁部のカトリックとパリ等中心部の世俗が、対立しつつ補完し合っていた。中心部の人々は信仰のない、形而上的パースペクティヴのない状態を、カトリックの無知蒙昧な世界から解放されたと捉え、満足していた。
 統計地図によれば、フランス共産党の勢力分布図はカトリシズムの分布図が逆転したもの。両者が戦い、補完し合い、バランスが保たれていた。その後のフランスの政治的推移は、カトリックの崩壊後、対抗相手を失ったフランス共産党も崩壊し、社会党カトリックの信仰を集団的に失った地域で勢力を伸ばして、フランス左派の主流となる。

 テロ問題、イスラム教問題が前面に出るずっと前からフランス社会の推移を研究してきたトッドは、多くのコメンテイターと異なる見解を持っている。
 現在のフランス国民中、元々イスラム教徒であった者は5%に過ぎず、しかも熱心な実践者はマジョリティではない。なのにそれを社会的に恵まれない階層の問題と結びつけるのはおかしい。フランスはイスラム教を意識しすぎ、イスラム教への強迫観念に取り憑かれている。
 どこに現代フランスの問題があるかといえば、宗教的失を危機として意識化せず、むしろ古くさいカトリシズムからの解放を喜ぶという無意識のメカニズムだ。この心理的錯乱が、消失を埋めるスケープ・ゴートとしてのイスラムへの強迫観念を生み出している。今やかつてないほど無神論を公然と主張する人々が出現している。あたかもフランス革命前夜の、脱宗教を誇った人々のように。

 トッド自身はカトリシズムとは無縁の出自であるが(ポール・ニザンの孫であり、レヴィ・ストロースの親戚という、ヨーロッパ知識階級のユダヤ系名門の出身)、人々が自分たちの状態に無自覚である点に危機があると見ている
 抽象論ではなく統計的に検証すると、11月のシャルリ・エブド事件後のデモには400万人が参加し、リベラルな価値観、表現の自由を訴えたとされるが、真のテーマはマイノリティの宗教の教祖マホメットを風刺する権利、風刺すべきだという主張だった。実際、かつてカトリシズムが強かった、1960年代まで残っていた地域ほどデモの動員率が高く、早くからカトリシズムから脱却していた中心部の約2倍である。
 だが、危機は宗教的なものだけではない。経済的な問題が重要だ。フランスは先進国で唯一、失業率がコンスタントに10%を超えている。それはつまり、有効な対策を打とうとせず、その状態を受け入れているということだ。若者を教育しつつ、職を与えないのだ。ただし、国の安定にとっての最大の脅威は経済だけではない。ドイツの歴史を見れば、経済的にひどい状態の中でナチズムが台頭した。しかし、その勃興の少し前に、ルター主義的プロテスタンティズムの沈没がある。宗教的危機、宗教的空白と経済的な危機が重なったときに、真の危機が起こる。その危機がドイツを社会的、歴史的狂気へと導いた。
 現在のフランスはそこまでは行っていないものの、宗教的、経済的危機にあり、シャルリ・エブド事件と今回のテロで、政府もメディアもイスラムのことばかりに執着し、手を打てる経済問題を放置している。今日のフランスは現実を直視せずに逃げているのだ。いい意味の軽さ、生真面目すぎない、自分を笑う精神が生きているのがまだ救いだが、今のフランスは監視、看病すべき状態にある。
 

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「シャルリとは誰か?」
・フランスの多様性とは
フランスは「一にして分割されない共和国」というイメージが固定しているが、これはひとつのイデオロギー的神話に過ぎない。フランスはむしろ二元性を軸にしているのであり、ふたつのフランスがあるのだ。家族構造の伝統から言えば、自由・平等を価値とする平等的核家族の中央部が2/3を占め、権威・不平等を価値とする直系家族の周縁部(南西部一帯)が1/3を占める。そのふたつが一体化したものがシステム・フランスなのだ。いわば南米が中心にあって、そのまわりを日本が囲っているようなもので、規律・秩序と融通無碍が一体となっている。フランスのストをドイツ人記者が取材すれば 「なんたる無秩序!」だが、イタリア人記者が取材すれば「なんと整然とした!」となる。
 問題は周縁部のパワーが増大し、そうした地域では教育の成果が上がり、失業率も低下していることだ。それはヒエラルキー、すなわち不平等を受け入れたからであり、不平等を甘受することで、グローバリズムにも適応している
 周縁部フランスによる権力の奪取がドイツへの追随の理由であり、緊縮財政を分別であるかのように振る舞う。第二次世界大戦においても、ドイツに協力し、傀儡政権に宥和的だったのは周縁部だった。

 『シャルリとは誰か?』はフランス国民へ向けて自らの良心を綴ったものだが、各国で翻訳されたことで、そういう意義もあったのかと気づかされた面もあった。
 たとえば、ドイツ人はフランスのやることは普遍的、開明的、民主的という思い込みがあるが、そうでないことを知らしめた。また、ギリシア、スペイン、イタリアはなぜフランスは自分たちに味方してくれないのかと不可解に思っているが、今はもうそんなフランスじゃないことを示した。

 現在トッドはフランスのメディアの要請には一切応じていないが、ドイツの新聞には、今のフランスはヴィシー、ペタンのフランスなのだと語っている。
 ドイツ・フォビア的に言われるが、個人的にはドイツ人の友人も多く、単純なドイツ嫌いではない。アメリカに関しても同じ。フランスの物の考え方はすこぶる普遍的だがドイツは違う、と言っただけで、ドイツ非難のように言われてしまう。
 同化主義は粗暴ややり方ではダメ。フランス式は日本には向かず、最悪だろう。

 移民の国はたくさんあるのに、なぜひとつの家族形態が支配的であり続けるのか?
 フランスの謎。なぜふたつのフランスが混じらず、それぞれ恒常的であるのか?
[仮説]
 政治や家族のあり方を決定する価値観は希薄な価値観である。だからこそ、影響力を持ち得る。すなわち、移動すると移動先の価値観に染まり、テリトリーごとに価値観を共有。
 精神分析的解釈による、家族の中で伝統的に植え付けられていく家族的価値観だとしたら、地域の価値観は維持できない。
 これは集団的価値観であって個人を決定づけるのではない。国民性による決定ではない。
 人類は本質的に異なるのではなく、多様な価値観の中での普遍性を持っているのだ。

 テロとの戦いということで、フランス政府が憲法に書き込もうとしていること。
 テロ犯が二重国籍の場合、フランス国籍を剥奪する。
 世論調査では賛成が多数(85%)だが、法律家などからは反対の声が。

 ネオ共和主義、私はシャルリ派をヴィシー政権になぞらえたことで、フランス首相がトッドを大新聞で名指しで批判。トッドは首相のオプティミズムはペタンと同じだと指摘。政府がテロリストの国籍剥奪を持ち出したことで、フランスの教養人は、これは「ユダヤ人の国籍を剥奪し、結果的に収容所送りにしたヴィシー政権と同じだ」と気づいた。<ユダヤ系であるトッド氏が、今、イスラム系に対して行われようとしていることは、ユダヤ人にしたことと同じじゃないか、と声を荒げたときが、ヒロキ、いちばん心が震えました。>
 フランスにはマグレブ系300万人の二重国籍者がいる。そういう人がテロリストになったとして、フランス国籍を剥奪するという脅しに何の意味があるのか?
 その実行効果とは、フランス人の中に異なるカテゴリーを作ることで、これは普遍主義に対する完全な裏切りである。不遇であるという感情をすでに持っているイスラムの若者に、さらなる不信感を抱かせ、むしろイスラム過激派に走ることを促す。
 テロとの戦いなどと言って、デモンストレーションに過ぎない実効性のないことをやって、むしろテロリストを募集しているようなもの。

 フランス政府はなぜこんなことを?
1. バカだから。
2. 賛成派は無意識に緊張の悪化を求めている。そのほうが統治がしやすいから。

トッドはフランスは夜の中に沈み込んでいくのではないかという憂いの中にある。
ただ、フランス社会党の面々はよく知っているし、ディベートをしたこともあるが、本当にバカだから、そんな複雑なことは考えていまい。
<このあたり、トッド氏のエリート意識けっこう剥き出し>

 この後質疑応答となりましたが、講演部分が延びたため、ひとりだけに。
反知性主義についてどう思うか。
『シャルリとは誰か?』に対する反応がまさに反知性主義。フランス首相は遊説で、「説明することは許すことだ」と語った。フランスのテレビもバカ番組ばかり。<日本ほどではないんじゃないでしょうか。> 世界で教育水準が上がっているのに、なぜこういう現象が?
[仮説]
かつて教育は人間を解放するものであり、理性は自由につながっていた。ところが今や教育は社会的成功のための手段、延命策と化していて、教育が恐怖、憎しみ(ルサンチマン)に結びつく。その反応が反知性主義なのだ。
 トッドは目下、教育がどう機能するかを社会的、歴史的に考察中。

 以上でございまする。このまとめに際して、スマホの無料アプリの仏英辞書がフリーズし、これもいい機会かとフランス語の辞書アプリを探して、¥5,800の辞書を買っちまいました。結果、高うついたがな、トッド。いえいえ、フランス語勉学意欲にまた火をつけてくれた講演でしたし、買った辞書、紙だと¥28,000 ! っす。トッドさんのおかげで、いい買い物ができました。
 
 

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帰り道、東京タワーがこんなに近いとは、方向音痴は知らなんだ。

 

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慶應の名のつく商店街ですけど、主に仕事帰りのサラリーマンで賑わっている感じ。田町ってよぐわがんね。

 

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この餃子屋さんは入ってみたかった! 餃子定食とん汁付き ¥700! でも、中をちらと覗くと、カウンターのいちばん手前に〝彼女いない歴全人生〟みたいな男性が座っており、ガラガラと引き戸を開ける勇気が出ませんでした。

 

 

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 (文春新書)

講演のちょうど1週間後に購入。

冒頭数ページしか読んでないけど、おもしろいっす。トッド、いろいろ読まなくちゃ。って、読むものありすぎで人生がもう足りなさそう。