タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

日常生活の肖像 非日常が日常の人 派遣添乗員Sさん

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インタビュー塾の課題です。

プライバシー保護のため、提出したものに少し手を加えました。

 

非日常が日常の人

 

 ♪出発前

 ツアーは通常8日間がいちばん多いです。長いのだと3週間くらいのもあるけどね。  まずは打ち合わせだけど、今メインの会社だったら出発の3営業日前。午前中、前の仕事の精算をして、午後、打ち合わせで初めてお客さんの名簿などの資料をもらいます。で安心コールといってお客さまに電話をする。お世話になっております。今度ご一緒させていただく添乗員でございますって。打ち合わせはだいたいそんなもん。仕事の依頼は約1ヶ月前だから、下調べとかが必要な場合はそのあいだに。

 

♪出発

 今、空港でのチェックインは個人だね。受付して今後の流れのプリント配って、チェックインしてもらう。

 今私たち時給なんですよ。労働時間をきっちり管理するってことになって。でも、時給にしたらいきなり給料が跳ね上がったんじゃ会社も困るんで、飛行機に乗ってるあいだは時給つかないことになって。拘束されてるのにって不満もあるけど、しかたないかなと。

 ただ、そんなのお客さんにとっちゃ関係ないよね。しかも今のメインの会社は添乗員のランク、成績はアンケート評価で決まって、それがしっかり給料に反映する。仕事量にも影響するから、自腹切ってお客さんにプレゼントあげたりする人もいるんだけど、私はキャラ勝負ということでお金は使わない。でも、人間の仕事だからさ、今時給外だから口きかないってわけにはいかないよと。

 機内では、昔はねー、とっとと寝ろって感じの指示だったの。次はお酒は慎め。その次はお酒は飲むなに変わって。まあ要は苦情がなければOK。だから1回の酒が命取りになる人もいれば、酔っぱらってお客さんに起こしてもらってもなんでもない人もいる。会社にもよるしね。服装もすごく厳しいとこもあれば厳しくないところもある。ま、どこの会社も長くやればやるほど楽になってはいくね。

 

♪到着

 目的地に到着。バスが来ます。でみんなでホテルにチェックイン。ヨーロッパだったら当日はホテルに入っておしまいかな。早い飛行機だったらホテルに入ったあとにスーパーマーケットへご案内。みんなスーパー好きなんだもん。連れてけって言うんだもん。

 ヨーロッパの場合は通常その日は観光は組まない。ただ夜便の場合は朝着くから、そのまま観光だったりしてハード。

 

♪旅の1日

 人件費の安い国ではスルーガイド、ウェルカムからバイバイまでずっと一緒のガイドがいます。日本語もしくは英語のガイド。ヨーロッパの場合はほとんどがスポットガイドで、観光の場所にしかいない。タイムカード的に言ったら、朝ご飯をケアするならそこから、出発からなら出発時間から、添乗員の仕事が始まる。

 移動はほとんどバス。私が受けるツアーはだいたいフリータイムがないのが多い。あったとしても昼ご飯から夕ご飯のあいだに2時間とか。たいていは夕ご飯を食べてからホテルにチェックインで、ご飯が6時より早くなることはないでしょ、日本人の感覚として。そうすると、6時半、7時、遅いと8時。ホテルでご飯食べるのは高くつくんだよね。

 毎日だいたいそんな感じで、お客さんと3食をともにしてます。8日間のツアーだったら行き帰り1日づつは飛行機だから、6日くらいはそういう生活が繰り返される。

 夕ご飯終わってホテルに入ったら自由ですね。だから仲のいいガイド呼び出して飲みに行くときもあれば、出かけたりもする。何かしちゃいけないってことはないけど、やっぱり携帯電話は持ってるね。夜中気持ち悪くなったりする人もいるからさ。

 旅行中はあんまり寝ない。4時間、5時間かな。昔はほとんど寝れなかったし食べれなかった。緊張してたんだね。でも、ここ3年ぐらい、寝れるように食べれるようになったから、もうものの見事に太りましたね。(笑)

 

♪添乗員の仕事

 ヨーロッパってドライバーの拘束時間がすごく厳しくて、エンジン入れてから切るまで12 時間超えたらバス動かせなくなっちゃうのね。しかも、12 時間、間隔あけなきゃいけない。お客さんにしたら、なんでこんなに急いでメシ食わせるんだってなっても、大人の事情ってことだよね。だって、高級なツアーなら、お金払ってお迎えに違うバス呼べばいいんだもん。そういうところの時間管理が私たちの仕事。

 ひとつ遅れたらバタバタっと全部狂っちゃうから、旅程時間設定が腕の見せ所。早すぎてもダメで入れなかったりする。お客さんに好かれるなんてことより、募集パンフレットに書かれているサービスをちゃんと実施するための管理だね。タイムキーパーみたいな感じだから、自分に合ってるかもと思う。行くはずのとこに行けなくなると、これは旅程保証で補償金が発生するから。

 

♪楽な仕事、きつい仕事

 フリータイムいっぱいのツアーだと、もうぼーっと、なんもしてませんよ。お客さんの人数でもえーらい違う。仕事をもらった時点でツアー自体が楽かどうかはわかるけど、人数はギリまでわかんないし。

 あと、今回お客さん10 人で旅程もゆったりでラッキーと思っても、ひとりおかしい人いたらアウトだし、誰かウンコもらしちゃったらアウトだよ。(笑)裁判になっちゃうんだから。人から聞いた話だけど。

 いちばんラッキーなパターンは、ゆったりツアーの少人数。高ければホテルもいいとこ使うから不備もない。8日間全食ついて15 万のイタリアツアーなんて言ったら、まーチェックインして半分以上は何々がない、何々が壊れてるで、私が部屋に入れるのは2時間後だから。

 バス移動だと5時間だけど、電車だったら2時間とかね。電車高いじゃん。イタロ新幹線で2時間でぴゅっと着くのが、バスだったら5時間かかるから、その分着くの遅いし、ご飯も遅くなるしで、そりゃ疲れるでしょ。

 あとーやっぱり、いちばん精神的にきついのは人かな。毎晩私を呼び出して、廊下で説教するオバさんがいて。15 分から最長2時間。あの人の部屋があそこでなんで私がここなのよーっとか、廊下でずっと怒鳴るの。 あとは話してる最中に急に立ちションする人とか。お客さん同士がもめるのもキツイね。怒鳴り合いの喧嘩始める人もときどきいるよ。

 

♪旅のトラブル

 私はアクシデントが少ない方で。天候不良で飛行機が着陸できないとかはあったけど。あと、ドライバーが道を知らないっていうのはねー。(笑)安いツアーだと、スロベニア人とか来るんだよ。あの人たちあくまでもユーターンしないから、間違い認めないからね。10 分後くらいに急にたら〜っと汗かいて、歌とか歌いだすから。ナビから目的地消えてんじゃんって。(笑)

 ドライバーはさ、行けないとは絶対言ったらダメじゃん。でも1回だけ、ごめんなさい、わかりません、ここで降りてレストラン探してって歩かされたことがあった。全員降ろされて、人に道訊きながら、私もうわなわなしてて。そのドライバー、何回っもミスっててさ。お客さんもわかってるから、Sさん今の感想は、って訊かれて、時間が時間なんで営業さんに許可は得てませんが、今日はみなさん好きなだけ飲んでくださいって。(笑)

 

♪帰国

 3営業日以内に報告と精算。

 基本的に打ち合わせ、精算以外は日本にいるあいだは休みだから、もうぐちゃぐちゃ。体にはよくないと思う。時差ボケ解消の努力がストレスになっちゃったから、好きなときに寝て好きなときに食べるようにしたら、いっそう戻らなくなっちゃった。(笑)枷がないのと、枷しかないのとの繰り返しだね。

 でも、まだ飽きはこない、楽しくやれる。まだ大丈夫。理想としては、英語をもうちょっとなんとかしたい。もう少しゆっくりしたい。今はもってるけどいつか体力が続かなくなるだろうなと。時差がきついし、帰りは絶対夜便になるから、月に2回、椅子で寝て、まともに睡眠取れないっていうのがね。

 

♪日常と非日常

 人に楽しんでもらうのが仕事っていうのはいいなって。私にとっては日常だけど、絶対に日常にしちゃいけないなっていうのはある。日常にすると手抜くし、日常感がきっと出ちゃう。お客さんにとっては非日常の晴れの舞台だから、何回見てるものでも一緒に驚かなくちゃ。その人たちに見せるのは初めてじゃん。それでテンション上がるでしょ。やー、きれいにマッターホルンが見えました! それはウソじゃないね。その気持ちを忘れている人はいっぱいいるだろうけど、忘れない方が楽しいね。

 

 

 

JUHAで落語と浪曲の会

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きのう3月21で、板坂智夫君が亡くなってちょうど半年がたちました。

私はたぶん、大阪弁に飢えているのだと思います。

彼がいたときは家庭内では私はばりばりの大阪弁で、彼は東京生まれの東京育ちなのに、私に影響されてけったいな独自関西弁をしゃべっていました。それはそれでおもしろいので放置しておりました。

ひとり暮らしってしょうむないですね。私もひとり暮らしは長かったはずなのに、しみじみそう思います。みんななんでひとり暮らしなんかしてるんやろ。

ひとりなので当然家庭内に話し相手はいない。依然家庭内大阪弁ではありますが、それは独り言と、テレビに向ってつっこみを入れる(まあ、これも立派な独り言か)くらいに限られる。つまらん。

そんなんもあって、近所の喫茶店で開かれる上方落語(なんで西荻上方落語なんかは謎のまま〜)と浪曲の会に、友だちの f9 ちゃんを誘って行ってきました。

 

おもしろかった〜。

 

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まずは圧倒的に「声」であります。

観客20人ほどの小さな空間が鍛えられ磨かれた声で満たされます。

思えば最近「声」なんです。

インタビュー塾では他者の声に耳を傾け、自分を透明にして受け止め、拾い上げる。

家族を失って毎朝お線香をあげて祈りますが、若松英輔さんは〝祈りとはむしろ、なにかを訴えかけるより耳を澄ますことではないか〟と書いてはった。死者に向って耳を澄ますと、何か言葉が返ってくるわけではないけれど、束の間、独特の静謐な時間が訪れます。

そして「声」は生ものなんですよね。

小さな空間で、マイクなどなしでプロの人の生の声を浴びて

おっかしな話を聞いて笑う。

私って〝ゲラ〟かなって思うほど、よく笑いました。

大阪弁では笑い上戸のことを〝ゲラ〟って言うんですよ。

浪曲はちゃんと聴くのは生まれて初めてでしたが

伴奏の三味線がめちゃくちゃカッコいいんですよー。

ビーンとひと鳴らしで背景を作り出す。シブい〜。

速弾きのときは、合いの手の声も煽る煽る。

玉川みね子師匠、私はあなたのファンです!

あと、浪曲って歌うじゃないですか。開演前に玉川太福さんも言うてはったんですけど

一緒にご飯食べるような至近距離で、立派な声量で歌わはるので私は倍音がんがん感じました。それで帰ってちょっとネットで調べてみたら、浪曲の源流は「声明」と言われているのですって。そら倍音来るわー。

 

2時間弱ほどの楽しい時間を過ごし、最後はなぜか智六さんとハイタッチして帰ってきました。

 

で、これは本当に帰って、遅くなってから気づいたたんだけど

板坂智夫の「智」、亡くなって六ヶ月の「六」

彼が行っておいでと、楽しく過ごしておいでと背中を押してくれていたのかなあ。

 

落語も浪曲もぜひまた「生」で聴きたいです。

 

 

渡辺のわたし

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こんにちは、広木廣木です。本名です。ウソです。ウソつくのって楽しいな ♬

斉藤斎藤『渡辺のわたし』を読み終えました。感想などはすっとばして

好きなのを抜き書きしたいと思います。

心眼で縦書きにしてね。

 

ちなみにこの本、著者のツイッターによると新宿紀伊國屋と、ネット書店、それも既存の本をオンデマンドで再製造でも装丁とかは再現せず、みたいなとこ(理解が間違っていたらすみません)、しかも今月いっぱいで廃業、でしか手に入らないという、密林市場にもないみたい、という、図書館で借りたわけだが、という、もうレアもん〜やんか。

ネット上の著者のお言葉

 

発売にあたって・・・
発売にあたる前に、定価を決めたのです。
ほかでもないそれはわたし自身の定価であるのですから、
びた一文お買い得であってはならないでしょう。
わたしはおいくらでしょう。
わたしの定価はあなたの時給よりもその価値があるのでしょう。
小一時間をかけて、あなたはわたしを読むのでしょう。

 

「びた一文お買い得であってはならないでしょう」

心に残る言葉です。

思うに、歌集って一冊分でも字数は少ない(乱暴な言い方ですみません)から

この際、著者直筆書写本で売ってみたらどうでしょう。

それなら1万、2万、3万円、もっと〜、とか出す人もいるかも。

紙も高級手漉き和紙から広告の裏まで

お値段や歌人の気分に合わせて多種多様。

このアイデア、自由に使っていただいてオーライです。

私は紀伊國屋へ普通のを買いに行こうと思います。

 

では、前置きが長くなっちまいましたが、私の好きな斉藤斎藤

 

 

お名前何とおっしゃいましたっけと言われ斉藤としては斉藤とする

 

ふとんからふりだしにもどる匂いがしてまた日曜の午後の陽だまり

 

わたくしの代わりに生きるわたしです右手に見えてまいりますのは

 

黄色い線の内側に下がる人類よみな俺知れずしあわせになれ

 

あなたあれ。あなたをつつむ光あれ。万有引力あれ、わたしあれ。

 

ほんのりとさびしいひるはあめなめてややあほらしくなりますように

 

あいしてる閑話休題あいしてる閑話休題やきばのけむり

 

傘を差すひとの顔へはとどかない雨の基本に忠実な雨

 

食べやすくしたたましいを持ち寄って第三者さんに較べてもらう

 

題名をつけるとすれば無題だが名札をつければ渡辺のわたし

 

キオスクの都こんぶのバーコードそういうものに君はなりなさい

 

「健一さん、これは三色スミレですか?」「いえ、責任能力です」

 

勝手ながら一神教の都合により本日をもって空爆します

 

蛍光灯がもったいつけて消えて点く きょうも誰かの喪が明けてゆく

 

カレーには味噌汁が付く 味噌汁のわかめのために割り箸を割る

 

シースルーエレベーターを借り切って心ゆくまで土下座がしたい

 

こころ以外特に興味のない人と分類されてこころの話題

 

人類のおよそ半分は女子である もう半分、いや、まだ半分だ。よし

 

オーストラリア語学留学経験を渡世のようにかたられて赤坂

 

ふとんの上でおかゆをすするあと何度なおる病にかかれるだろう

 

会いたくて今すぐ会いたくてとりあえず風邪薬のんでみた治った

 

鉢植えのポインセチアが咲いているここは悪口を言う場所だから

働く女子の運命

働く女子の運命 (文春新書)

 

塾の課題です。

提出したものは↓

 

永久女子的労働  

インドネシアの電気も水道もない小さな島でひたすら海に潜っていたときに出会った、フランスはボルドーのゴミ収集人(ジュード・ロウみたいなすごいハンサム)は、有給休暇が年間8週間!「アキコ、モザンビークのダイヴィングもなかなかいいよ」と優雅にのたもうた。オランダ人やドイツ人には「給料を上げるか、休みを増やすかで、休みを増やすほうを選んだ」という人が何人もいた。世界中の人があまねく、せめて年に一度は2、3週間単位のヴァカンスを取れるようになったら、世界はもう少しギスギスしなくなる気がするけど、実際そんな人今、世界の労働人口の何パーセントくらいなのだろう。

 濱口桂一郎『働く女子の運命』のタイトルには、日本女性は会社の中でどれだけがんばってもしょせん〝女子〟扱い、の意が込められているのか。イチオー、平和で民主的な国に生まれ育ったつもりでいたら、1954年の近江絹糸の人権争議の際の女工を中心とする組合の要求項目は「結婚の自由」「外出の自由」「仏教の強制絶対反対」「信書開封、私物検査の即時撤廃」「文化活動の自由」……、これじゃついこのあいだまでほぼ奴隷制じゃん、と思い知らされる。 

 女房、子供を養うことを前提とした終身雇用の年功序列。家族的経営と言えば聞こえはいいが、家族は24時間365日家族だ。すべてを会社に捧げる覚悟の者以外は、給料が上がらないうちに去れ。かくして女性は男性化しなくては企業の中で重要なポストを占めることはできず、さらにせちがらくなった昨今では、旧来女子部門であった一般職は派遣にアウトソーシング。正社員の年功的昇給はやめるけど、24時間戦わせるのはやめないよ。正規も非正規も、男も女も、ハゲタカ資本主義の下で青息吐息。明るい〝女子の運命〟を提示できないまま、本書は終わる。  

 近頃はいい年したオバサンが自分のことを女子、女子言って、いい年したオバサンの一員である私はあれはみっともない、やめとこと思うのだが、思えばあれも会社でずっと〝女子〟をやらされていた後遺症かもしれない。みんなオッサンが悪いのだ。

 

 読んでまあ勉強にはなるのですが、はー、そーっすかー、みたいな本で、正直書きにくい中、唯一のひっかかりがタイトルのなんでわざわざ〝女子〟? 流行に乗っかり?  だったんだけど、そもそも〝女子労働〟という用語も定着しているそうで、じゃあ、〝男子労働〟って用語あるのか? フェミ嫌いは〝婦人問題〟とかも使いたがるけど、学生時代、民青女子(基本ダサい)はそう言っておった記憶があるけど、そして対抗勢力の新左翼女子は〝東南アジアの女性労働者との連帯〟ばっかり言っており、絶対、小娘が何ぬるいこと言ってやがるって、東南アジアのバリバリ労働者からバカにされてるぞ、と思っていた私だったが、〝婦人〟の対語って何? ウェブで調べたら〝殿方〟(!)しか出てこないぞ。〝殿方問題〟〜笑える〜。男流文学もびっくりだぁ。ことほどさように言葉遣いの鈍感さだけでもう、日本の女性の置かれている状況が見えてくる気がいたします。男の腐ったようなヤツ(権力志向ばりばりのガサツ鈍感猪突猛進24時間働きますっ!)しか出世できんぜ。

 で、「みんなオッサンが悪いのだ」と書いてみたかっただけ。

 

 ♪読者プレゼント♪

 手渡しの可能な方1名様に本書をプレゼントいたします。

 コメント欄に「ちょうだい」と書いてくださいませ。

 

フレデリック・ワイズマン『肉』+想田和弘監督トーク

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[座高円寺]ドキュメンタリーフェスティバル  2016年2月9日 セレクション 想田和弘
 
 順番が逆になってしまいましたが、火曜日はこのプログラムを観ました。
『肉』はフレデリック・ワイズマン監督の11作目で、牛が牧場から屠殺処理工場へと運び込まれ、解体され、商品となるまでを、さらに同様の羊ヴァージョンを、淡々と映し出します。タイトルも内容も愛想なしが個性です。
 私はちょうど今、内澤旬子『世界屠畜紀行』がトイレ本で、しかもちょうど東京の牛肉処理場のところだったので、本の実写版を見ているようでした。ま、時代は違うのだけれども。
 
 想田監督のトークのお相手は主催者側スタッフの加瀬澤充さん。
 まず、なぜこの映画を選んだのか?
 想田監督の観察映画が最も影響を受けたのがフレデリック・ワイズマン。2001年制作の『ドメスティック・ヴァイオレンス』を2002年に観て衝撃を受け、全部観ると決め、ニューヨークの図書館に揃っていた(想田監督はニューヨーク在住)ので、毎日ひとりワイズマン映画祭をやっていた。その図書館で最初に観たのが『肉』(1976年)だった。
 ずっとテレビのドキュメンタリー番組を作っていたが、ナレーションや説明っているのか?と疑問に思っていたところ、ワイズマンの『ドメスティック・ヴァイオレンス』は自分の理想通りのやり方で、かつめちゃくちゃおもしろかった。そして『肉』を観て、なんだ昔からやっていたのかと、知らなかった自分を叱る。映画、ドキュメンタリーはシンプルでいいのだと教えてくれる。食肉処理場の工程をずっと追っているだけの映画だが、それでも観てしまう。当時としては最新鋭の工場だが、ワイズマンは別に特別なところでなくてもよかったはず。
 そして、工場を訪れるいろんな人たち、知事、日本からの視察団(日本人のイメージ通り、やたらと写真を撮る)、労使交渉、社長の話。工場の日常だけで、経済や社会の仕組み、人間と動物の関わり方が浮かび上がる。
 想田監督はテレビ時代、ネタが弱いと却下されることが多かった。だが『肉』を観ると、ネタなんかなんでもいい、問題はその切り取り方なんだとわかる。
 
 ここで加瀬澤さんが「ワイズマン作品を観たのはこれが初めてという方、挙手してください」(恥ずかしながら、私も手を挙げました。)けっこういたのでワイズマン4原則を教えてくださった。
 
1.インタビューがない
2.説明テロップがない
3.音楽がない
4.ナレーションがない
 
<想田監督>
 だから、観客が能動的に観なくてはならない。何の説明もなく誰かが出てくる。誰だろう? 服装、顔つき、しゃべり方、いろんなものを指標にして推測する。観客が没入し、能動的な観察者として立ち上がる。
 通常の映画では主人公を追うが、ワイズマンの映画では知らない人がどんどん出てくる。構成力がすごい。1本の映画の編集に8〜10ヶ月かけ、どの順番でシーンを並べていくか、すべてにロジックがある。ひとつ違っても映画として機能しなくなる。ちゃんと観客がついて行けるように構築されている。
 
 ラスト「我々はどこへ行くのか」
 すべての具体的工程のあと、ポンと抽象的、哲学的なところへ。
 編集によって生み出された視点。
 
 想田監督『選挙』ではワイズマンの真似をしたかった。
 ひとりワイズマン映画祭のときは、1回目は通して観て、2回目はなぜおもしろいのかを分析しながら。ショットの長さを測ったり、絵と音だけでどのくらい人の集中力は持つのか試してみたり。
 最新作の『牡蠣工場』でも工程が続くが、大丈夫という確信が。
 テロップ、説明のない新鮮さ。
 作り手にはわかってもらえているのだろうかという強迫観念があるが、大丈夫と観察を信頼する。自分と同じようにおもしろがってくれると腹をくくる。
 
 ワイズマンはカメラ目線の人は編集でカットする。レトリックとして、あたかもカメラがそこにいないかのような絵を作る。ある意味、神の視点に近い。人間という面白い生き物がなにかいろいろやっているのを宇宙人が観察しているような映画。
 撮影は監督(ワイズマン。86歳の今も現役)、カメラマン、アシスタントの3人。アシスタントはマガジンというフィルムの装填されている箱をチェンジする役割。16mmだと10分しかもたない。お金がすごくかかる。1時間回して、プリントするのに12,3万円。土本典明監督は2時間の映画だと6時間くらいしかカメラを回していない。お金がかかるから決め撮りをする。ワイズマンはずっとインディペンデントでやってきて、膨大な数の作品を撮っているが、1本の映画で90時間から100時間カメラを回す。そして、彼の作品はアメリカの公共放送PBSでほぼ必ず放映される。長い作品が多いワイズマンの中でも最長358分の『臨死』も、CMなしで一挙放映された。
 『肉』がいちばん短いが、今回のように16mmで観られるのは貴重な機会。
 
 ワイズマンはカメラの存在は撮影対象に影響しないと必ず言うが、はったり? 想田監督はそんなはずはないと思っている。『精神』を撮ったときも、黒子に徹するのは限界があった。患者から逆に質問をされることもあり、それがまたおもしろかったりする。無視だったり、関心があったりするのが、その人の人柄を表す。観察映画とは参与観察であって、カメラの存在が映画の中に組み込まれている。
 
 ワイズマンはカメラが存在しないかのような世界を構築したい。その作品はあたかも劇映画のように見えてくる、と想田監督は感じる。
 あらかじめテーマを決めないのは想田監督もワイズマンも同じ。今回のフェスのテーマは〝出会い、発見〟だが、想田監督はあらゆる可能性に対して体を開いていくようにしている。テーマがあると合わせてしまって、そこに合わないことは無視してしまう。
 テーマは空論に過ぎず、陳腐だ。実際にカメラを持つと思ってもみないものに出会う。その出会いを大切にする。
 テレビ時代はリサーチをし、ナレーションを書き、エンディングも決めていたので、台本と違う展開になったときにはパニックを起こし、無視したくなる。プロデューサーにも叱られ、現実より台本を優先しがちだ。
 『ドメスティック・ヴァイオレンス』の撮影前にどれくらいこの問題について知っていたかと問われて、ワイズマンは「ほぼ何も知らなかった」と答えている。かつての想田常識が180度反転したもので、だからこそ発見、出会いがあるのだ。
 今、想田監督には、リサーチなし、打ち合わせなし、台本なし、などの〝十戒〟があるが、第一作の『選挙』のときには疑心暗鬼の実験であったものが、今では確信になっている。
 
 ここから質疑応答
1. NHKの人から。取れ高が見えないとリスクが大きいが、周囲をどう説得するのか?
<想田>説得する人がいない。自己資金なので、失敗しても自分しか困らない。実は十戒の10個目は制作費は自社で出す。売って回収また作るのサイクルで、2005年の『選挙』以来、10年余で7本の映画を作っている。
 資本主義の世の中だから、お金をどうするかという問題は常にあり、組織の中で台本が必要なのはよくわかる。
[奥さんを説得しなくていいのか、という質問に対して]
 特にその必要はなく、企画を話すとおもしろそうねと言ってくれる。
 
2. ワイズマンの作品を教えてほしい(自分で調べろよ←ヒロキの心の声)
 加瀬澤氏が『全貌フレデリック・ワイズマン』という書籍を紹介。
『シカゴ・フォリーズ』、『霊長類』、『臨死』、『コメディ・フランセーズ』などなど多作。アメリカのさまざまな組織を撮る、博物誌のようだといわれる。
 
3. プライバシーの問題は?
 事前に許可を取る。
 
4. 撮影の中でどう方向性を絞って行くのか?
 カメラを回すとき2段階。よく観察していると、気づくことがある。その気づいたことをどう映像に翻訳するかを考え、映像に残す。その積み重ね。
 そこで興味、関心の方向性が出てくるが、それにこだわってはダメ。意識・行動を開く。観察していれば、自然に意識が開いていく。
 編集のときもテーマを設定しない。とにかく見る。書き起す。(起きたことすべて)
 おもしろかったところを時系列に関係なく抜いて行くと、2,30シーンは出てくる。それを通して見る。すごくがっかりする。おもしろいシーンばかりつないでも羅列でしかない。ロジックがないのでおもしろくない。順番を繰り返し入れ替える。するといろんな発見があって、ようやくテーマがわかってくる。その頃には編集開始からだいたい数ヶ月たっている。
 
 

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 座高円寺の階段
 
ここからは宣伝
『観察する男』ミシマ社
 観察映画の観察。牛窓へ行ってカメラを回し始める前から、編集者が想田監督にロング・インタビューを重ねる。
 
 とてもおもしろそうだし、買ってサインしてもらおうと思ったけれど、誰しも考えることは同じであったか、すでに売り切れていました。
 
2月20日からイメージ・フォーラムにて 『牡蠣工場』上映
 岡山県牛窓。最初牡蠣工場を撮るつもりはなかった。
 妻の母、牛窓のばあちゃん。夏休みに毎年のように訪ねるが、漁師はみんな70代、80代で後継者はいない。職業として消えていくのか? 何が起きている? 全国的な現象なのか?
 11月、カメラを持って牛窓へ。ところが、11月は牡蠣剥きシーズン。漁師のじいちゃんが経営する牡蠣工場へ連れていかれ……。
 
 想田監督は気さくで生き生きとした印象の方でした。今やっていることがとっても楽しそう。こんな人の作る映画はきっとおもしろいのだろうな。『牡蠣工場』はぜひ観たいけれども、問題は渋谷。極力渋谷には行きたくないのに、なんでアップリンクやらイメージ・フォーラムやらは渋谷にあるのだろう。やんなっちゃうね。
 
 
 
 
 
 
 

『極北のナヌーク』+角幡唯介トーク

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狩をするナヌークさん。普段はニコニコ、気のいい感じの方です。

 

 昨日に引き続き、本日も「[座・高円寺]ドキュメンタリー フェスティバル」です。

 開場前、すぐそばでジャン・ユンカーマン監督が主催者の方と話してらっしゃいました。流暢な日本語で、めちゃくちゃいい人そうでした。ユンカーマン監督の映画も観ねばと思った、単純な私です。

 

 正直、亡くなった板坂智夫君が愛読していた角幡唯介さん目当てだったので、上映作品のことは寒いときに寒そうでちょっとイヤ(失礼)くらいにしか思っていませんでした。なにしろ、真夏に涼を取ろうと『シャックルトン隊全員生還』を読んだ女です、私は。

 がしかし、始まってすぐ目がまん丸。お、おもしろいっ!

 1922年!の映画なんです。サイレントにあとで日本で勝手に音楽つけたらしい。しかし、1922年の作品にしては映像はずいぶんいい状態です。最初けっこう長々と字幕説明が続いて、監督が何度も失敗し、何度も足を運んで撮ったイヌイットの記録であることが語られるのですが、なんと主人公のナヌークさんは映画の撮影終了後、2年もたたないうちに鹿猟に出て獲物が捕れず餓死したと。いきなりの衝撃事実。

 その後、ナヌークさん登場で、狩りの名手!とか言われてもなあ……。でまあ、ご家族とか紹介されていくんですけど、微笑みの女、ニラと紹介される奥さんは特に、ほんと知らないで写真見たらちょっと前の日本人という感じ。

 で、カヤックで猟に出た〜で、カヤックを陸というか氷につけて、まずカヤックの上に小学生くらいの子供が寝そべってるのも落ちないのか、と驚くんだけど、穴状の座席部からナヌークさんがすぽぽんと抜け降りると、しばらくして穴から奥さん登場! ゲゲ、中に入っておったですか、苦しくないのか〜と驚いていると、さらに中から全裸の赤ん坊が引き出され、お母さんの背中へポイ、とさらに小学生くらいの子供、また子供、成人女性、と結局家族全員がわらわらと出てくるという。手品か!

 それ以降も、釣った魚の頭に次々とかぶりついて殺す!ナヌークさん。イヌイットの辞書に生臭いの文字なし。そりゃ主食生肉ですものね。銛を打ち込んだセイウチと男数人がかりでの格闘。なにせ相手は2トン。

 雪原にわずか1時間で、私らの頭にこびりついている、あの雪のブロックみたいなのでできたドーム状のエスキモー・ハウスを作り上げるナヌークさん。なぜか家族は手伝わず。だーいぶできてから成人女性ふたりは雪で隙間を埋める作業にかかるものの、子供たちはそのへんで遊んでいます。別に手伝えとも言われません。いいな、イヌイット。お父さんはたいへんだけど。しかし、1時間ですよ。この映画が噓をついてなかったら。透明な氷切り出して、ちゃんと灯り取りの窓まで作って。日本人は何十年もローン払って家を手に入れるんだよ、なんて言ったら、ナヌークさんたちはアホかいな、と思うのでしょうね。

 犬橇を引く犬たちは、放っておくと子犬を食べてしまう!ので、子犬は子犬用のちっちゃいドームハウスを作ってもらいます。犬もワイルドだぜ。ナヌークさんがアザラシを仕留めたとき、肉を分け合う人間に、俺らも欲しいぞと牙剥きアピールをする犬々の顔は本当に凶悪で、子犬むしゃむしゃ食べそうでした。

 アザラシを食べるとき、主にニラさんが映っていたのだけれど、肉と脂肪を交互に食べていた。そこへ「彼らを脂肪食いと呼ぶなかれ。脂肪は彼らにとってバターなのだ」という字幕が出てきて、なるほどなと。ま、そのほうが味に変化もついて飽きないだろうしね。

 あと、イヌイットのみなさんは素肌の上に毛皮の服、寝るときは全裸で毛皮毛布、敷毛皮という感じでしたが、いつも赤ん坊(いつも全裸)を背中に入れたニラさん、襟元から背中がのぞいているし、寝ているときも肩先とか出てるし、ドームハウスの中も氷が溶けないように零下を保っているというのに、寒くないのか〜あんたら。

 そんなこんなで映画終了。

 

 いよいよ角幡唯介さん登場です!

 最初、舞台へと階段を上っていかれるときの後ろ姿は、思った以上に普通な感じでした。そんなに大柄でもないし。椅子に座られると、さすがに肩幅は広い。そして、なんというか、放つものが強い。私は『地図のない場所で眠りたい』の写真の印象で、体育会系の豪快爽やか青年、みたいな方を思い描いていたのですが

 

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なんか大らか〜とかじゃなくて、もっと鋭角的な印象。

 

フェスティバルのプログラムディレクターの山崎氏を相手にトークが始まりました。

 

 まず山崎氏からこの映画の監督、ロバート・フラハティはドキュメンタリーの父と呼ばれているという説明がありました。角幡さんは昨年7ヶ月間北極で過ごし、この映画は彼の地へ旅立つ前に観たそうです。

 

 <角幡> 映画に登場するナヌークはカナダのハドソン川近くのイヌイットだが、もう少し西、不毛地帯と呼ばれるバレン・グラウンドには1920年代にラスムッセン探検隊が初めて入っている。交易所なども出てきて、本作はイヌイットと白人文明の接触の最初期の記録と言える。

 角幡さんが滞在していたのはグリーンランドのシオラパルクだが、カナダでは今やイヌイット文化はほとんど残っていない。この映画に出てくる犬ぞりカヤックはほぼなくなり、冬はスノーモービル、夏はバギー<ホンダと呼ばれている>で猟を行っている。一方、グリーンランドでは今も犬ぞりが活用されているし、カヤック鯨漁に使っている地域もある。ただ、カヤックは今はもっと小さくて、映画のような家族全員が乗り込むようなものはない。反対に橇は今のほうが大きく犬の数も多い。夏場にモーターボートと銃でたくさんの獲物を捕ることができて、いろんなものが買えるようにようになったので、犬の数も増えたのではないか。

 

 <山崎>50年前に観たときには、この作品は音なしだった。単なる民族学的記録とは違って、フラハティがそこで感じたことを伝えるため、ある程度の〝演出〟が為されている。自然光ではああいう映像は撮れないし、カメラも今よりもっと大きく感度も悪いので、自ずとある程度の仕込みが必要になる。しかし、大切なのは何を伝えるかだ。

 

 ここで角幡さんがグリーンランドで撮った写真が紹介されました。

1.グリーンランド シオラパルク 夏 海岸の岩場で捕虫網状のものでアッパリアス(鳥)を捕る男性。

 1日150羽から200羽捕る。角幡さんも遠征用の干し肉を作ろうとアッパリアス猟に挑戦。最初1日かかって20羽くらいだったのが、120羽くらい捕れるようになった。

 

2.捕獲した一角鯨のまわりに集まる人々

 6月の頭くらい、村の前の氷が溶けて流れだした頃、フィヨルドに入り込んできた。村人は大騒ぎ。ボートを出して追っかけまわして、みんなで解体。ここに写っている大島さんは、植村直己が初めて北極圏へ来たときに一緒だった人だが、こっちのほうがおもしろいとここで猟師になった。今は若いイヌイットに猟を教えたりしている。大島ファミリーは一大勢力。アッパリアスを1日900羽捕ったことがあると語っておられたそうだ。(アッパリアス捕獲量=人間の価値的なシンプルさが楽しい、とヒロキは思いました。 )

 隣のカナックという地域は、法律でモーターボートを使ってはいけない場所になっている。カヤックはこの映画のものよりうんと小さくて、アザラシの皮ではなく防水の布で覆う。設計図などはなく、なんとなく作っていってできてしまう。ものすごく器用で対応力が高い。

 

3.カヤックで遠征に出たときの角幡氏の同行者

 映画でセイウチを捕るシーンがあるが、セイウチはイヌイットのあいだではいちばん恐れられている動物。角幡氏が冬のあいだにカヤックで燃料・食料を運んで北へ長い旅をしたいと言ったところ、村人たちからやめろと止められた。セイウチに襲われる。セイウチは潜っていて突然出てくる。最近も殺された者がいる。行くなと。でも、カヤック買っちゃったし、もうひとり行くってヤツもいるし、と出発。4日目、同行者のコックピットにいきなりセイウチが乗り上げてきて、穴をあけられ、追いかけ回される。後ろから波が来たと思うとセイウチが追いかけてきて、腰が抜けそうになるくらい怖い。昔のイヌイットは泳いでいるセイウチも銛で捕っていた(映画に出てくるのは波打ち際で休んでいるセイウチ)が、実に危険。なんとかセイウチから逃れ、穴の開いたカヤックは応急修理。銃も防水ケースに入れてコックピットに置いてあったが、出すのに2、3分かかるので、セイウチにどーんと当たられてしまえば間に合わない。

この3枚目の写真は特に美しかったけれど、この後たいへんな思いをされたわけです。セイウチって一見とっても可愛いのに、ねえ。

 

 冒険のきっかけは、大学に入っておもしろいことはないかと探している時期に探検部に入部。大学時代にはミャンマーチベットにも行ったが、どんなことをやりたいか、固まっていなかった。国内で山登りの訓練等していることのほうが多かった。

 2011年に初めて北極圏へ。その前にチベットやヒマラヤ奥地の渓谷地帯の冒険をしていたが、2009年にひとりで厳しい旅をし、死を意識した。以来、ひりひりと死を感じるような経験をもっとしたいと思うようになり、極地へ。(これがきっと角幡氏が放つ強いもの、鋭角的なものの源なのだと思う。善くも悪くも普通の人ではまるでない。私たちがどっぷり使っている日常と、別のところにいる、いたい、人という感じ。いちばん大切なものが、世俗的な価値とはまったくかけ離れたところにある。)

 イヌイットの人たちの生活は、狩りをして、自分たちの力と知恵で動物を捕まえ、生きていく。非常にシンプルな地球との関わり。

 探検、旅、非日常というのは結局、自分の才量で生きる経験を求めている。

 この映画を観て、この生活おもしろそうだなと思う。

 

 2ヶ月の極地での橇の旅といっても区切りがゴールがある以上、遊び。

 区切り、ゴールのない生活となると、結局自分がやりたいのは原始人の生活。ダイレクトに命のやり取りをしている生活。

 

ここから質疑応答へ。

質問1. 移住を考えたりしますか?

 去年7ヶ月間シオラパルクにいて、家族がいなかったら日本に帰る理由は何もないなと思った。大島さんは現在68歳だが、イヌイットの女性と結婚して永住権を得、狩猟ライセンスも持っている。そうなると、アザラシや白熊を捕りながら、年に3ヶ月くらいはカナダのほうに旅したりもできる。そんな生活してみたいなと。

 

質問2. 現在のイヌイットがこの映画を観たらどう思う?

 たぶんみんな観ている。今も海外のテレビ局が取材に来る。

 イヌイットは自分たちの文化、生き方に、ものすごく誇りがある。角幡は彼らから見たら、何もできないヤツ、使えないヤツ。頭を指さして、俺たちはここがいいと言う。実際めちゃくちゃいい。生活に結びついた道具の使い方、応用の仕方、窮地に陥ったときにも切り抜ける能力への矜持を持っている。そのあたりは大島さんもかなわないと言っている。

 この映画を観て、彼らは自分たちと同じだと思うだろう。しかし、その一方で、生活は変わっている。特にカナダではイヌイットの文化は崩壊し、アイデンティティの喪失により、自殺者、アルコール中毒、薬物中毒の増加が起きている。これは先住民の文化が失われた地域に共通する問題だ。

 

質問3. 今の探検と昔の探検、どちらがやってみたいですか?

 シオラパルクは世界最北の村で、南極昭和基地などよりはるかに緯度が高い。

 そこでは3〜4ヶ月も夜が続く、極夜という現象がある。

 暗闇の世界を旅することをやってみよう。もうそれくらいしか未知の世界がない。

 そこへ行ったら何が起こるかわからない、というのが角幡さんのモチベーション。

 4ヶ月の夜のあと最初の太陽を見たら、自分はどうなるか? 根本的な未知が今はもうそれくらいしかない。そういう意味では100年前の探検家のほうが楽しかったと思う。

 

質問4. イヌイットが生きる目的は何か? この映画を観ると食べることに精いっぱいで、目的だの何だの考えていないように見えるが、今もそうなのか?

 内面まではわからないが、大島さん世代までは、生きる目的とかいう意識はなかったのではないか。将来のための「今」ではない。時間の観念が違う。だから生きる目的に悩むとかはない。楽しいだろうなと思う。そういう純粋な人生は。

 しかし、今は完全な猟師というのはグリーンランド北部でも難しくなっている。みんな兼業猟師に近い。そうなると生きる目的問題も浮上し、だから自殺も増えている。

 

質問5. 次の冒険の予定は?

 去年、極夜を含めた7ヶ月の旅のはずが事情があって一時帰国。今年の10月中旬に日本を発ち、11月くらいから旅を始める予定。今はそれが待ち遠しくて仕方ない。

 

 と、ここで山崎氏が「資金はどうしているの?」と質問。

「え、僕は資金は自己負担です」と角幡氏。

クラウドファンディングとかじゃないんだ」とやや笑いの山崎氏。

クラウドファンディングって何ですか?」角幡氏。

いや、いい、いいと山崎氏でトークは終わった。

 

 たいへんおもしろく興味深い上映&トークだったけれども、ひとつだけ残念だったのは、山崎氏が角幡さんのことをほとんどご存知ないようすだったことだ。誰もが木村俊介になるわけにもいかないのだから、全著作読んでおけとは言わないけれども、山崎氏は角幡さんの数々の受賞歴はおろか、本を書いていることすらご存知ないのではないか。ウィキペディア・レベルの知識すらないようにしか思えない発言がいくつもあった。年齢差もあって、しかも角幡さんが実年齢よりずっと若く見えるので、冒険好き青年の相手をするベテラン業界人みたいな構図を描いておられたのかもしれないけれど、あれではトーク・ゲストに対して失礼ではないだろうか。私はちょっと腹が立ちました。

 

しかし、最後のクラウドファンディングって何ですか?」発言。

私は角幡さんが嫌みでおっしゃったのではなく、本当に知らないのだと思う。

カッコいい〜、とシビレた。

 ニューアカ最盛期の頃、確か今はなき「ビックリハウス」で橋本治中沢新一が対談をして、中沢新一がメルロポンティがどのこの言ったときに橋本治が「えっ、誰それ? カルロ・ポンティじゃなくて?」と返したのを思い出した。

 流行(はやり)かなんか知らないけど、自分に必要ないものは必要ない。

 その潔さ。

 

角幡さんが無事極夜冒険から帰られて、新刊が出るのを待とう。 

 

 

 

 

完璧なる読中リスト

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とってもナイスなアイデアを思いついた!
と興奮しているのですが、
世間のみなさんからはアホかいなと思われるかもしれない恐ろしさも……
先日お友だちとのやり取りの中で、私には読みかけの本が21冊あることが判明。
そんなだらしなくあちゃこちゃ嚙りかけではアカン。
どげんかせんといかん!
まずは可視化だ、リスト作りだ。
が、冊数を自分に突きつけるには番号を振りたいところだけれども、読み終わったものは削除だから、番号には変動が。
いちいち書き直すのも面倒……
そうだ! 愛するがゆえにあり余っている付箋だ!
付箋は自由。移動も自在。
読み終わって捨てるときは快感!
完璧やがなー♪
と冒頭の写真のようなリスト完成。
貧乏症なので、
サイズが大きすぎてあまり使う機会がなく
10年余の年月を経て黄ばんだ付箋を
チョキチョキして使っております。
余ってるのは今後の使用に備えて横っちょに。
笑わば笑え。
さあ、あとは読むだけだぁ。