タコカバウータン

えらそうなことを言っていても気が小さいです。褒められて伸びるタイプです。

トーマス・ルフ展

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巨大ポートレート・シリーズではやはりポスター等々になっている作品がいちばん強いと思うのだけれど、せっかく展覧会へ行ったのだし、しかも太っ腹の写真OKなので、ここは敢えて違う作品で。

 

友人絶賛のトーマス・ルフ展。まったく知らない人だけど、行きたい気がするな〜ぐずぐずのうちに本日最終日。今日も今日とてベッドでぐずぐす。なぜか11時53分、これから一時間ほどで家を出て、トーマス・ルフ展へ行くのだと決意する。

大昔、父と祖母と一緒にエルミタージュ美術館展だか韓国美術の至宝5000年展だかに行ったときに、しつこい!とあきれられた私である。鑑賞時間はたっぷり目にとっとかんと。

体重測定、ストレッチ5種、死亡したが魂は偏在してくれているはず、頼んだよ、の家族と、文字通りの仏さんのみなさん(えーっと一応無宗教ですが)のお花のお水換え、お茶、お線香をあげてのお祈りタイム〜(ババ臭いかしら?)、歯磨き、大急ぎで作ったおにぎりパクパクなどを経て、なんとか出発。

が数分歩いてふと気づく。白いジャケットの胸の真ん中に、2カ所薄いしみ。そういえば、お茶かなんかを、どどど、とこぼした記憶。いい年して、ぶさいく、ぶさいく過ぎる。でも、引き返して別のに着替えたら、慌ただしい美術鑑賞。うぐぐ。もうあきらめるか、トーマス・ルフ展。いやいや、どうせ、誰も、そんなに熱心に私のこと見てないから。寂しい方向で自分を励ます。進むのだ。

東西線竹橋から数分と表記されていた東京国立近代美術館だけど、出口を出れば、目と鼻の先。出口の前には

 

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ルフ展絶賛友人が、日本一好きとかなんとか言っていた毎日新聞社。うーむ、彼女の大好きはこっち系であったか。確か、丸っこいほうのビルの地下?の本屋さんに取材に行ったことがあるぞ。懐かしのブックビジョン時代。

 

で、さすがに迷うことなく、トーマス・ルフ展。

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これが好き、いちばん好き、猛烈に好き。なぜかはわからないけど好き。

あ、でも、ちょと、毎日新聞社につながるものもある感じも。

 

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これがその次に好き。

私の中の何がここに響くのでせう。

 

 

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あ、通風口写ってる!

これは私のなかではいちだん落ちるのですが、

私の好き好きはてんでグッズになってないのに、これはなってるのよねー。

世間と相容れないのか、私。

 

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ネガシリーズ。ティム・バートン的。とか言うと叱られるかも。

 

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宇宙シリーズ(というタイトルではなかったけれども)

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小さいドットはみな、照明の映り込みです。土星って素敵。

 

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こんなのもあったけど、やっぱりいちだん落ちると思うのだけれど、

こやつもグッズになってるいのよねー。納得いかん。

 

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そして、帰り道の毎日新聞アゲイン。

 

が、実は、常設展が充実しまくり〜で続く。

 

p.s.

奈良美智がドイツの美大トーマス・ルフと同時期に在学していたそうで、本人も見かけたし、ポートレートになった人たちもキャンパスを歩いていたと、どこかに書いていました。するとなんだか、巨人が歩いていた図が頭に浮かぶのは私がバカだからか。でも、巨大化しただけで(と言うと失礼かしら)うんとこおもしろくなる不思議を感じさせてくれるポートレート。生なんだけど、生々しいとはまたちょっと違う。

ジニのパズル

ジニのパズル

塾の課題です。

提出したものは ↓

 

単一民族国家

 私が大阪市立すみれ小学校4年生のときだったと思う。昼休みに教室の先生の机の上に〝外国人〟と書いた紙が置いてあるのが目にとまった。外国人? そこにはクラスメート数人の名前と、それぞれの〝本名〟が書いてあった。びっくりした。なぜあの紙があんなふうに無造作に誰でも見られる場所に置いてあったのだろうと、今でも考える。担任のうっかり? 悪意? そもそもなんのためにあんなリストを作る?

 崔実『ジニのパズル』は正直読み返すのがしんどい小説だった。在日朝鮮人である主人公ジニは<学校——あるいはこの世界からたらい回しにされたように、東京、ハワイ州、そしてオレゴン州>と渡り歩くわけだが、構成、展開、内容、表現もろもろ、ひっかかりまくって集中できない。なんだかざわざわと気持ち悪い。ただ、小学校、朝鮮学校でのジニを描く部分は、近くにあっても見えていないものを、私たちの鈍感を、見事に突きつけてくれる。

 朝鮮学校に対して日本の学校が〝日本学校〟と呼ばれているのも、当たり前だけど新鮮だったし、朝鮮学校内ではすべて朝鮮語、というのも、あっそうか、そりゃそうだわなと。そんなところへいきなり言葉のできない子供を放り込むという親の選択、ならばといきなり授業を日本語にするという学校の判断、そんなことされたら当人めちゃくちゃプレッシャーじゃん、気づけんかそれくらいの一方で、別に朝鮮学校に移ることを嫌がったようすもないのに、朝鮮語を学ぼうとしないジニもなあ。それでもいじめを前にして<ここは朝鮮学校だ。日本学校ではない。同じ民族同士だ。私は、羽をうんとひろげることにした。夢のようだった。そこには揺るぎ無い自由があった。>と語るジニから、逆に日本学校での小学生時代の彼女の窮屈さが測り知れるし、<教育というと〝北朝鮮の〟という誤解をされやすいが、先生たちの口から北朝鮮という言葉を聞くことはない。北朝鮮の話なんて誰もしない。制服と学校行事を除いては、本当に日本の学校と変わらなかった>の記述に先入観の壁が崩れていく。

 テポドン発射の日に憎悪の標的にされたジニの<首を絞められただけなら警察に行ったかもしれない。だけど、そうじゃない。そうじゃなかった。だから、私は警察どころか、家族にも、友人にも、これから先、誰にも何も言わないだろう。>という言葉は、思春期の少女の負った傷そのままに、ぱっくりと口を開け血を流している。そして、この陰湿に踏みにじられる感覚は肉体的強者→弱者、男→女、日本→朝鮮の構図に重なっていく。

 日本は単一民族国家? 単一民族の教室に外国人リスト? それは秘密? 言ってはいけないこと? なぜ隠す? 隠さないと襲いかかってくる、野蛮な単一民族国家です。

 

 絶賛の声もある作品ですが、ものすごく雑。突っ込みどころだらけ。実際に起こったことであっても、小説としての説得力を担保できていないのなら、それはダメなわけで。 そこを補ってあまりある魅力の作品とまでは思えなかったなあ。されど、貶すは易し、なので、 極力貶さない方向で書いてみました。

 

鰻屋さん

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大好きな鰻屋さんの鰻重

 

阿佐ヶ谷で映画を観た帰り、思い切って以前から気になっていた鰻屋さんに入ってみた。

一階のカウンター席に通される。ひとりには気楽でいい。メニューを見る。白焼きがない! 鰻屋で白焼きないって、それはもうダメだよ。どうせひとりじゃ白焼きまでは食べられませんけど。いきなりがっかりする。肝焼きもない。

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大好きな鰻屋さんの肝焼き。ヒレ焼きもとても美味しい。

 

鰻重並を注文。みなさん、鰻重のランクはひたすら大きさですからね。

40分かかります、とかは言われなかった。不安。焼き置きを出すのか?

迷ったけど、せっかくの鰻だもの、ビールを頼むことにする。生と瓶としか書いてないので銘柄を訊いてみると、ホールのおばさんは怪訝な顔ながら「どちらもサッポロです」よかた。スーパードライとか飲みたくないもの。鰻にジョッキは違う気がして中瓶にする。それなら日本酒だろ、とは言わないで〜。ひとりで初めての店で、そこまでゆるゆるはね。

コップ1杯半ほど飲んだところで、やはり黙々とビールを飲むのもと、肝煮というのを頼んでみた。と、注文を取ってすぐ、おばさんが漬物を「お先に出しときますね」と。これをもちょっと〝先に〟出してくれたら、肝煮頼まなかったのに、と内心憮然。そもそも気の利いた店だと、ビール頼むとちょっとした突き出しみたいの出すよなあ。

しかし、肝煮はなかなか美味しかった。そして案の定、肝煮もビールもまだある時点でとっとと鰻重が来た。やはり、注文が入ってから裂いてって店じゃないんだ。ある程度の工程までやっちゃってるんだ。まだビールがありつつも、鰻重も食べてみる。けっこう美味しい。がそこにたたみかけるように、私の大好きな肝吸いも来た。まだビールあるんだよ〜。そこにお吸い物持ってくるかなあ。想像力というか、客への心配りがゼロじゃないか。私でもそれくらいの気遣いはできるぞ。

ビールが終わって肝吸い。けっこう美味しいと思ったあとに、舌に妙な旨み成分みたいなものが残る。化学調味料? 小1時間で完食して店を出た。味の素味的なものは、帰り西荻の駅に着く頃まで口に残っていた。

いいんだこうやって、1軒、1軒、消していくんだ。

 

肝焼きにぬる燗、お漬物で、ゆるゆる白焼きが来るのを待って、白焼きが終わった頃に鰻重が来て半分こ。でも、肝吸いはふたつ。ふたりでそんなふうに鰻屋さんを堪能していた頃が恋しいです。

 

大好きな鰻屋さん。行きたいよ〜(;_;)

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コンビニ 人間

コンビニ人間

今回の塾の課題は芥川賞取りたてほやほやの『コンビニ人間』

提出したものは↓

 

鼓膜人間

  古倉恵子36歳独身コンビニアルバイト歴18年。村田沙耶香『コンビニ人間』の主人公にとっては、毎日がサバイバルだ。彼女は地球に落ちてきた異星人さながら、常に〝正常〟の鋳型に自分を押し込めないことには異物として排除されてしまう。とても聡明で、合理的な思考をするのだけれど、その合理性は世間には理解されない。幼い頃ビョーキ扱いされた苦い経験から、〝正しい店員のあり方〟が明確にマニュアル化されたコンビニでなんとか<世界の正常な部品>となった古倉だが、年齢とともに今度はいつまでも未婚でアルバイトであることが〝普通〟じゃないと、変化を強いられる。そこで彼女が選んだ策は、最低最悪の元同僚、白羽との同棲、というか、彼を飼うことだった。

 古倉は極端に無欲である。人間の三大欲求と言われる食欲、性欲、睡眠欲、すべてない。食事はコンビニ食品か、<食材に火を通して食べます。特に味は必要ないのですが、塩分が欲しくなると醤油をかけます。>という自炊!だし、自らそれを〝餌〟と呼んでいる。恋愛経験も性体験もなく白羽にも嫌悪感しかないが、白羽の弟の嫁に<私と白羽さんも、交尾をどんどんして、人類を繁栄させるのに協力したほうがいいと思いますか?>と身も蓋もない質問をして、腐った遺伝子、この世界に一欠けらも残すなと罵倒される。<どうやら私と白羽さんは交尾をしないほうが人類にとって合理的らしい。やったことのない性交をするのは不気味で気が進まなかったので少しほっとした。> 眠るのも仕事に支障がないように、ただそのためだ。  

 そんな古倉の唯一、〝肉感的〟な部分が鼓膜である。<コンビニエンスストアは、音で満ちている。>と物語は始まり、さまざまな音が紹介され、<「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。>と官能的に滑りだす。<目を閉じて店を思い浮かべると、コンビニの音が鼓膜の内側に蘇ってきた。(略)自分の中に刻まれた、コンビニの奏でる、コンビニの作動する音の中を揺蕩たいながら>……コンビニの音はもはや、彼女を包み守る羊水だ。

 ところが、<コンビニ店員はみんな男でも女でもなく店員>のはずだったのに、白羽との同棲が知れるや店はその噂で持ち切りで、<店長の中で、私がコンビニ店員である以前に、人間のメスになって>しまい、<店の「音」には雑音が混じるようになった。>、<不愉快な不協和音だった。> ついに古倉は店をやめ、<私を満たしていたコンビニの音が、身体から消え>、羊水を失った胎児さながら、干からびていく。

 でも、大丈夫。日本の都会はコンビニに満ちている。彼女の耳はふさがれてはいない。おどおどと生き残りの道を探る異物から脱皮し、古倉は100% のコンビニ人間を目指すのだ。この道より我を生かす道なし この道を行く 実篤! ちょび社畜みたいですけど。

 

  課題に 決まる前に読んでいたのだけど、 これが選評もついててお得だよ 文藝春秋、しかも 電子版。 紙版とさして値段変わりません、ブーブー、うんとお安く作れるくせに、なのですが、場所とりませんから。しかし、電子書籍というのはボリューム感がわからないので、それについて書くときには、ものすごおく使いにくい。今回増してやぶ厚い雑誌の一部なので、何%とか表示出ても、何の役にも立たず。

 願わくば、読むときは紙書籍さながらがゔぁーちゃるりありてぃな感じでするりと出てきて、単語長押しで辞書機能が立ち上がるとかもちゃんとあって、表紙をパタンと閉じると、するするとパソコンやスマホの中に吸い込まれていく。そんな本を、頭のいい方、作ってくだせえ〜。

 

 

インタビュー 30歳の肖像

西瓜糖の日々 (河出文庫)

 

インタビュー講座の課題です。

オリジナルは本文16文字×50行の縦書き。一度完成したと思った原稿から最低5回は書き直す(推敲ではなく書き直しです)という指令が下ったのでありました。

↓は書き直し後のものです。

 

福田昌湜さん  1949年生。

現在は東京と山梨で画廊を経営。長身痩躯に長めの白髪をひとつに結ぶのが長年のスタイル。

 

  山梨から上京して5年通った大学は、毎週ゼミで飲み明かした。四年のときに美術学校にも入って、その時点でもう作品作って食いつなぐんだ、就職なんかとんでもないと(笑)。卒業後は六年ぐらいフリーターだね。

 実家の飲食店を手伝ってたから、やるんだったらそういう仕事かなと。当時の中央線の喫茶店文化の影響もあったし。29歳の秋に、大学の同級生だった妻と、コンテンポラリーアートを展示する喫茶店、西瓜糖を開いた。西荻の飲み屋で知り合った人にデザインを頼んだんだけど、当時ちょっとない、ガラス張りのかなりモダンな内装で。床は黒でテーブルはステンレス。それで場所が阿佐ヶ谷でしょ。今よりずっとローカルな。原宿や青山だったらまだありだったと思うんだけど。

 だから最初は全然人が入ってこない(笑)。でも、あんまり心配はしてなかった。日本の発展とともに大きくなって、オリンピックもビートルズも大学紛争も経験して、ため込んだものがけっこうあったから、自分の中に。

 西瓜糖を開いて初めての誕生日が30歳。客は順調に増えたね。展示と内装、かけてる音楽と置いてる雑誌で人が来た。当時、音楽はニュー・ウェィヴ、絵はバスキアやキース・ヘリングのニュー・ペインティングで、袋小路から一気に何をやってもOKな空気で。コンテンポラリーは時代感覚がバチンと反映されるのがすごい。学生でもけっこうおもしろい作品作ってたし、時代とシンクロして展示作家がつながっていった。

 ある種の情報基地みたいになるでしょ、店が。そこにおもしろい人が集まってくるわけじゃない、吸い寄せられて。ただ、コンテンポラリーな人とか東京ロッカーズ系ばっかりでみちっとなっちゃうと(笑)。普通の人が交じってないとつまらない。

 店が自分にとってのひとつの「表現」で、ため込んだすべてを出し切って、手応えもあった。ここで人生が決まったって感じだったね。

 

 テープ書き起こしの時点で1万字超のものを800字にするのは、切る、削るというより、水槽の中からエッセンスを指で掬い上げるような感覚でした。

 5回の書き直しは、最初、5回同じ文章を写すのに近いことになるのではないか、なんて思っていたのですが、甘い、甘い、自分でも驚くほど変わって、推敲じゃない書き直しの威力を知りました。奇数回はMac、偶数回は手書きにして、意外やなんだか楽しい経験。どんなものでもこうやって5回は書き直せば、ちったあましになるのだろうなあ。先生にも(初回分と5回書き直し後の両方提出)書き直したほうが断然よくなったと言っていただきました。よかた、よかた。

 なにしろ1万→800なので、せっかくのおもしろいお話泣く泣くカットがたくさんあります。近日中にロング・バージョンもまとめられたらと思っています。

 

ハリウッドで初めてゲイであることを隠さなかったスター

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日本ではあまり読んだ人がいないかなと思うのでご紹介します。

サイレント時代からトーキー初期のスター、ウィリアム・ヘインズの伝記です。

タイトルの wisecracker はなんだろな、ぴしゃりとうまいこという人って感じでしょうか。公私ともにウィットに富んだ、辛辣な言葉を吐くことで有名だったビリー(ウィリアム)のニックネームです。

1900年、ヴァージニア州生まれ。14歳でボーイフレンドと駆け落ち。ダンスホール経営。町の大火ですべてを失う。15歳でニューヨークへ。

というほんまかいなの経歴。自らの性的志向を明確に意識し、迷いはないが商売の才覚はしっかりあるビリー君。

ニューヨークのゲイの世界では〝パンク〟として年長者と肉体関係を結び、庇護を得る。

〝パンク〟ってそんな意味もあったのね。

その後、長身と美貌を生かして映画界に入り、スターに。

当時のハリウッドはゲイ&レズだらけ。有名人の名前がいっぱい出てきます。ケーリー・グラントゲイリー・クーパーも男性の恋人と同居していた時期があったそうで、グラントはさておき、ゲイリー・クーパーは意外。しかし、時代とともに映画界の公序良俗コードはきつくなり、恋人のジミーと同居していたビリーは所属会社の社長から別れろと迫られ(「婦系図」か!?)、ほなやめさせてもらいます、と以後いくつかの映画会社で仕事はするものの、結果的には映画界を去ることに。

 しかし、ゴージャスな生活しか無理!な彼にそんなことができたのも、実は彼には俳優以外にインテリア・デザインの才能があったから。アンティークに関する豊富な知識とセンスを生かしたビリーの豪邸に招かれたスターや名士たちは、あら素敵、うちもお願いしたいわ、てな感じで仕事が広がっていき、西海岸に進出してきた新興実業家層のハートもぐっとつかんで、ウィリアム・ヘインズにインテリア・デザインを依頼することがステータス(料金はめっちゃ高!)になるところまで昇り詰めていく。そんな顧客の中にはかのレーガン夫妻も。そして晩年にはロンドンのアメリカ大使館の内装も手がけ、インテリア・デザイナーとしての名声を世界的なものとする。

 と実は、このへんがこの本のおもしろくないところで、ビリーのインテリア・デザインって、贅を尽くした豪邸のためのものなんで、ビリー・スタイルとか言われても、全然興味持てない。つか、金持ちバカやってんなーって感じで、むなしいっつか、ああ、虚栄、どうでもいいわ。

 では、読み応えのあるところはというと、やはり、ハリウッド・ゲイ事情と、一貫してゲイであることを隠さなかったビリーの姿勢でしょうか。

 本書のサブ・タイトルは

 The Life and Times of William Haines, Hollywood's First Openly Gay Star

ですが、オープンと言っても、今とは時代が違うので、〝公然と〟というのとはちょっと違う。ビリーはジミーと、まさに死がふたりを分つまで、半世紀近く同居し、その事実を隠さず、一切の偽装工作をしなかった。それだけで、当時はすごいことだったし、それは彼にインテリア・デザイナーとしての才覚があり、趣味と洗練の極みと見なされる地位を築いたからこそ可能だったのでしょう。

 著者もビリー・ヘインズの最大の偉業はジミーとの半世紀に及ぶ愛を貫いたことだ、と書いていますが、その一方でふたりの愛の内実みたいなことはよくわからない。若い頃はお互い性的には乱脈だったし、ジミーは働くわけでもなく、ビリーのお金で贅沢するのが仕事みたいな生活だった。近しい友人たちにしても、ふたりは夫婦のようなものと見なしていただけで、やはり踏み込んではいけない。でも、まあ、異性カップルだって、その関係の内実なんて他人にわかるんかい?なわけですが。

 結局、ビリーの人生はゲイを隠せと映画界から迫られた一時期を除けば、概ね順風満帆で、お金持ちになった分、親族の面倒もきちんと見て、ジミーとともにゴージャスなヨーロッパ旅行を繰り返し、それを仕事に生かし、70歳を少し超えたところで肺ガンになって、ほどなく亡くなってしまうけけども、ジミーを筆頭に残された人たちが困ることのないよう、きちんと遺言も残した。それでもジミーは1年とたたないうちに後追い自殺をしてしまうのだけれど。

 同じように何十年も養ってきた恋人から、最後は、アル中に愛想をつかされ、突き放されたトルーマン・カポーティを、どうしても思い出してしまいます。

 

 

 

 

夏の花 原民喜

 原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

 

塾の課題です。

ちょうど8月15日近辺に読んでいて、民喜が民忌、な心持ちでした。

提出したものは↓

 

羊羹をおくれ

 

<私は自分が全裸体でいることを気付いた>

 原爆文学の嚆矢とされる原民喜「夏の花」。パンツ一つで厠にいた語り手は、おそらく脱糞中だ。〝災害に遭ったとき、××だったらいちばん困る〟の〝××〟に真っ先に思い浮かびそうな状況で、彼は人類史上初の原爆投下の瞬間に遭遇する。そして気がつけば全裸。圧倒的な悲劇に遠慮なく割り込む喜劇を、笑うに笑えない。

 被爆直後から、作家は目の前にあるものを写生するように、周囲の悲惨な光景を淡々と描き出していく。それだけになおさら、<だらりと豊かな肢体を投げ出して蹲っている中年婦人>の肉感や、<燻製の顔をした、モンペ姿の婦人>、<次兄は文彦の爪を剥ぎ、バンドを形見にとり>、<首実検>といった鋭角的な言葉が鮮烈だ。

 また一方で、<赤むけの膨れ上がった屍体がところどころに配置されていた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違いなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとえば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置き換えられている>と、いわゆる原爆文学的なイメージをはみ出す描写に、<妖しいリズム>、<痙攣的の図案>といった言葉が重ねられる。そして、<超現実派の絵の世界ではないか>まで行き着くと、<この郷里全体が、やわらかい自然の調子を喪って、何か残酷な無機物の集合のように感じられる(中略)「アッシャ家の崩壊」という言葉がひとりでに浮かんでいた。>という被爆以前の語り手の予感と響き合い、作家の地の色がのぞく感がある。

 「夏の花」の後日譚である「廃墟から」。

<小さな姪はガーゼを取り替えられる時、狂気のように泣喚く。/「痛い、痛いよ、羊羹をおくれ」/「羊羹をくれとは困るな」と医者は苦笑した。>

 蚊帳の中にいないと、原爆による火傷の傷口には蝿が吸着き蛆が湧く。幼い女の子が、すさまじい痛みに耐えたご褒美に、今はめったに食べられぬ甘い美味しい羊羹をおくれと訴える姿は、読み手を微笑ませつつも、現実の重みと強さを持って、いじらしく切なく迫ってくる。

 当初「原子爆弾」であった題名が、占領軍の検閲に配慮して「夏の花」と改題されたのは、作品にとって幸せだったと思う。語り手が前年に喪ったばかりの妻の墓に手向けた<黄色の小弁の可憐な野趣を帯びた>〝夏の花〟は、原爆が圧し潰し焼き尽くしたすべての小さなものたちに重なっていく。

 

 今になって気づいたのですが、広島が舞台でありながら、5歳児でも「わしは〇〇じゃけん」とかって話すという、あの方言がゼロ。原爆投下の大混乱のなかでみんな標準語を話しているという、ある種シュールな光景が出現しています。私の中にあった〝民喜すかした男説〟が裏付けられた気がします。まあ、高等遊民だものなあ。これが大阪が舞台の話だったら、みんなすぐ変だと気づくと思うんですけど……。

 あ、でも、やたらと出てくる兵隊たちは全国区か。このやたらと兵隊が出てくるのは広島が軍都であったからで、アジアには〝原爆は天罰〟と感じている人たちもいるのだという厳しい指摘が、受講生の方の中からありました。

 あと民喜の死に関して、「奥さんが亡くなったからって死ぬかなー」とおっしゃった方がいて、驚いた私は、「私死にたいですけど」と言いそうになりました。

 高等遊民であった民喜は困窮して吉祥寺-西荻間で鉄道自殺。 私はこの人が亡くなった場所の上を何千回も電車でゴトゴト踏みつけているじゃないか。

 ふたりがひとりになるっていうのは100が50じゃなく、30、20、10になっちゃうことだと実感しています。それでも食べていくだけのお金があれば、本を読み、好きなものを書いて、民喜も死にはしなかったかもしれません。けれども、元来自活と無縁な人が、唯一世界への窓であったような妻を亡くして、それでも生きていくのだと、がむしゃらにお金を稼ぐ気になれるでしょうか。もういいわ、と思うよなあ、民喜。

 私は鉄道自殺は痛そうだし、人に迷惑かかりすぎだし、スプラッターだし、いやですけど。